姿勢と呼吸で守るパーキンソン病の食べる力 SPRO _202608

薬が効きにくい嚥下障害に、私たちの手でできること

セミナーブログ

「姿勢と呼吸で守るパーキンソン病の食べる力」

薬が効きにくい嚥下障害に、私たちの手でできること。
姿勢調整と呼吸ケアで、ご利用者様の「安全においしく食べる毎日」を支える

パーキンソン病は、日々の施術でもっとも多く出会う病気のひとつです。ふるえや動きにくさに目が向きがちですが、実はご利用者様の命にかかわる大きな課題が「食べること」と「呼吸」に隠れています。

この教科書では、講義の内容を順番に整理し、なぜ起こるのか、どこを見ればよいのか、明日から何をすればよいのかが一本の線でつながるようにまとめました。読み終えたとき、いつもの施術の意味が一段深く見えてくるはずです。

 

1問題定義 パーキンソン病と嚥下障害を正しく知る

最初に押さえておきたい結論があります。パーキンソン病では、嚥下障害はどの時期にも起こりやすく、今は目立たなくても、いずれ起こるものと考えて関わることが大切です。いつも「飲み込みに問題はないかな」という目を持っておきましょう。

四大兆候とよく見られる症状

症状ご利用者様に見られる様子
振戦じっとしているときに手や体がふるえる。何かしようとすると止まることが多い
筋固縮筋肉がこわばり、体がスムーズに動かない
無動・寡動動き出しが遅れる。動きがとても小さくなる
姿勢反射障害バランスがとりにくく、転倒しやすい

このほかにも、表情が乏しくなる仮面様顔貌、声が小さくなる声量低下、字が小さくなる小字症、小刻みで止まりにくい突進歩行などがよく見られます。

見落としやすい非運動症状

運動症状は目に見えるので気づきやすいのですが、本当にやっかいなのは非運動症状です。食欲不振、便秘、うつ、認知機能の低下、嗅覚障害などがあり、リハビリを妨げる原因になりやすいものです。

非運動症状は、運動症状が出る10年から20年も前から始まり、その後もずっと続くといわれています。診断のきっかけは運動症状でも、体の中ではもっと前から変化が進んでいるのです。

進行の目安となるステージ分類

重症度はホーエン・ヤールの分類で表されます。担当するご利用者様が今どの段階にいるかで、優先すべきアプローチが変わります。

段階主な状態ケアの重点
1度症状が片側だけ。日常生活はほぼ自立大きく動く、大きな声を出す
2度症状が体の両側に出る運動中心。姿勢と呼吸の予防も意識
3度姿勢反射障害が出て、活動がやや制限される姿勢の保持・呼吸・嚥下を意識
4度生活の多くの場面で介助が必要姿勢の保持・呼吸・嚥下を意識
5度一人で起きる・歩くことが難しく全面介助褥瘡予防、拘縮予防、ベッド上の動き

進行の目安は、発症からおよそ10年でステージ3、その後は約2年ごとに進み、14年ほどでステージ5とされます。また中期以降は、薬の効果が2時間ほどで切れてしまうウェアリングオフや、薬が効きすぎて手足が勝手に動くジスキネジアも見られます。

数字で見るパーキンソン病

項目内容
発症年齢多くは50歳から70歳。より若い年代で発症する若年性もある
世界の有病者数2015年に約690万人、2040年には約1,420万人と、およそ2倍に増える見込み
日本の有病者数約15万人から18万人。全体では約1,000人に1人、高齢者では約100人に1人
寿命治療とリハビリの進歩により、平均寿命とほぼ変わらない

死亡原因の上位はすべて「食べること」

順位パーキンソン病の主な死亡原因
1位肺炎 誤嚥性肺炎を多く含むと考えられる
2位窒息
3位栄養障害 食べる量が少しずつ減っていく

パーキンソン病で亡くなる方の半分以上が、食べることにかかわる原因です。日本人全体の死亡原因の1位ががんであることと比べても、その特徴ははっきりしています。

嚥下障害の基本をおさらい

  • 誤嚥とは、食べ物や水分、唾液が食道ではなく気管に入ってしまうこと。誤嚥によって起こる肺炎が誤嚥性肺炎です。
  • 誤嚥すると、普通はむせたり、しゃがれ声になったりします。
  • ところが、むせない誤嚥である不顕性誤嚥では、静かに肺炎が進みます。パーキンソン病の方にはこれが非常に多く、「むせていなかったのに肺炎になった」ということがよく起こります。

ワンポイント早い段階のサインにも目を向けて

立っているときに上半身が前に傾いてまっすぐ立てない、という変化が、診断の何年も前から周りの人に気づかれていることがあります。ご利用者様の小さな変化を見逃さない観察眼が、プロの力です。

 

2原因と問いかけ なぜ食べられなくなるのか

パーキンソン病の嚥下障害は、ひとつの原因ではなく、いくつもの要因が重なって起こります。主な原因を整理しましょう。

主な原因の一覧

原因具体的に起こっていること
食欲が落ちる消化管の動きが悪く便秘になりやすい。味覚の異常で食事がおいしくない。食後に血液が胃腸に集まって血圧が下がる食事性低血圧。薬の副作用による吐き気や食欲不振
食べても痩せる筋固縮で体に力が入り続け、ジスキネジアで体が動き続けるため、エネルギー消費が多い
食事に時間がかかる動きが遅く、次の動作に移りにくい。もぐもぐしていても舌で食べ物を喉へ送り込めない
自覚がないむせていても「むせていない」、「ちゃんと食べられる」と話される方が多い
守る力が弱い感覚が鈍く不顕性誤嚥が多い。気管に入ったものを出す咳の反射も出にくい
姿勢が崩れる円背になりやすく、首や喉の筋肉がうまく働かない
治療が効きにくい嚥下は多くの筋肉と神経の組み合わせで成り立つため薬が効きにくく、嚥下の訓練も効果が出にくいといわれる

食べたくない、飲み込みにくい、治療法が限られる。だからこそ私たちにできる大きな柱が、姿勢調整と呼吸機能へのアプローチの2つです。

円背が飲み込みを妨げるしくみ

  1. 1胸椎が曲がり、背中が丸くなる
  2. 2頭が下がるので、前を見ようとして顎を上げ、頭が前に突き出る
  3. 3首の前側の筋肉は引き伸ばされ、首の後ろ側は縮んでしまう
  4. 4喉を持ち上げる舌骨上筋群が伸びきって縮めなくなり、さらに固縮で硬くなる
  5. 5頭を支えるために胸鎖乳突筋が強く緊張し、呼吸も苦しくなる
  6. 6気道が開きやすい姿勢のまま食べるため、誤嚥しやすくなる

咳ができない理由

「お咳をしてください」とお願いすると、「おほん」と声だけになる方がいます。自分の意思で出す咳は、声帯を閉じて息をこらえ、一瞬で強く力むという高度な動作です。この瞬発力が弱いと、気管に入ったものを出す力も弱くなります。逆に、意識して咳ができる方は体をコントロールする力が保たれており、リハビリの効果も期待しやすいといえます。

あなたの臨床への問いかけ

問いかけ 担当のご利用者様は、発症から何年、今はどのステージですか。

ステージがわかると、これから出てくる症状を先回りして考えられます。長くご自宅で関わる私たちだからこそ、病気の流れを意識することに大きな意味があります。

問いかけ 「お咳をしてください」と言ったとき、しっかり咳が出ますか。

「おほん」と声だけになる方は、咳の力が落ちていて、誤嚥性肺炎のリスクが高いと考えられます。

問いかけ ご本人は大きな声を出しているつもりではありませんか。

パーキンソン病の方は、声や動きが小さくなっていることに気づきにくいのが特徴です。「大きく」と声をかけるだけでは伝わりません。

問いかけ 車椅子でずり落ちた座り方のまま、食事をしていませんか。

姿勢を少し整えるだけで、飲み込みがその場で変わることがあります。

ワンポイントいつもの施術は、実は嚥下ケアでもある

胸郭のストレッチや首のアプローチなど、皆さんが日頃行っている施術は、呼吸と嚥下をよくする方法でもあります。その意識を持てるかどうかで、施術の質と結果は大きく変わります。

 

3対策 姿勢調整と呼吸ケアの実践

対策の柱は姿勢調整と呼吸療法です。呼吸療法には、はっきりした2つの目的があります。

目的理由
胸郭の可動域を保つ肺そのものには動かす筋肉がない。肋骨と筋肉でできた胸郭が動くことで、肺が広がる
咳の力を高める痰が増え、咳が弱くなるため、出す力を育てる必要がある

3-1 まず「気づいてもらう」工夫

  • 録音して聞いてもらう 施術者の声と比べると、小ささがよくわかります。
  • スマートフォンの騒音計アプリを使う 針や数字が動くことで、声の大きさが目に見えます。
  • 動いている様子を動画で撮る 動きの小ささを、ご本人が自分の目で確かめられます。

ご本人に自分の状態を理解してもらうことは、大切なリハビリの一部です。パーキンソン病の診療ガイドラインでも、意識して大きな声を出し、一つひとつの動きを大きくする訓練の効果が示されています。正式な方法は資格者が細かな決まりに沿って行うものですが、その考え方を日々の関わりに取り入れることで、進行をゆるやかにする助けになります。

3-2 ベッド上でのアプローチ

方法やり方とポイント
肋間筋のマッサージ肋骨と肋骨の間に指を当て、指の腹全体でやさしく揺らす。緊張がとれて表情が穏やかになり、呼吸が楽になる方も
体軸捻転法膝を立てて左右に倒す。倒した側と反対の胸郭が伸びる。胸郭に触れて伸びを確認し、左右10秒ずつ
シルベスター法息を吸いながら両腕を上げ、吐きながら下ろす。約10回。呼吸と腕の動きが合っているかを必ず確認
側臥位での他動ストレッチ肩甲骨をしっかり持ち、小さな回旋から始めて、挙上と下制、内転と外転、上方回旋と下方回旋、最後に大きく全体を回旋

ワンポイント痰が上がってきたら側臥位に

体軸捻転法やシルベスター法を行うと肺が動き出し、咳とともに痰が上がってくることがあります。そのときは横向きにすると、さらに出しやすくなります。肩甲骨まわりがとても硬い方は、先に肋間筋のマッサージでゆるめておくと効果的です。

寝ている姿勢にも注意が必要です。顎が上がったまま寝ている方は、ベッドを起こし、頭だけにあった枕を肩甲骨の後ろまで差し込んで首を少し前に曲げた姿勢にします。顎が引けると舌骨上筋群が伸びきらず、飲み込みの力を守れます。円背の方はあおむけで顎が上がりやすいため、横向きの姿勢にすると唾液を飲み込みやすくなります。

3-3 座位での姿勢調整

車椅子は本来後ろ重心です。一方、食事のときは自然と少し前かがみになります。後ろ重心のままでは腕も伸ばしにくく、自分で食べることが難しくなります。

手順具体的な方法
1 お尻を奥へずり落ちた座り方のときは、お尻を車椅子の奥へ移動させる
2 背中に枕胸椎が曲がっているあたりに枕や固めのタオルを入れる。自然に前かがみになり顎が引ける
3 骨盤を立てるバスタオルを半分に折って縦に巻き、お尻のまわりのすき間を埋める。腰には固めのタオルを当てる
4 腕を支えるテーブルや板に腕をのせる。重い腕が支えられ、前重心になりやすい
5 足を整える足を床につけ、少し後ろへ引く。フットレストを外し、届かなければ足台を使う

ポイントはただ一つ、骨盤を立てること。やわらかいクッションより、固めのタオルや座布団の方が骨盤を支えやすくなります。

実際の事例 80代女性、パーキンソン病歴10年以上、ステージ3から4の方です。大腿骨骨折の手術後に嚥下障害があり、食事は全介助、水分でむせていました。円背があり、車椅子ではずり落ちた座り方でした。

お尻を奥へ移し、胸椎の曲がり角に枕を入れただけで、胸鎖乳突筋の張りが大きくやわらぎました。その結果、自分で食事ができるようになり、水でもむせなくなりました。ほんの少しの姿勢調整が、その場で飲み込みを変えたのです。

ワンポイント自分の体で確かめてみましょう

顎を上げた姿勢で唾液を飲み込んでみてください。次に顎を引いて飲み込みます。顎を上げると、とても飲み込みにくいことがわかります。円背の方は、毎日この状態で食事をしているのです。

3-4 座位での呼吸と首・体幹のアプローチ

  1. 1深呼吸 鼻から大きく吸い、口をすぼめて、目の前のろうそくを一本ずつ吹き消すように長く吐きます。
  2. 2シルベスター法 吸いながら腕を上げ、吐きながら下ろします。呼吸と動きが合わなくても、胸郭を大きく動かすことが目的なので大丈夫です。
  3. 3首のストレッチ 前屈、後屈、左右の側屈をそれぞれ約20秒、2回ほど。側屈では反対側の肩を手で押さえます。余裕があれば斜め前方向も加えます。
  4. 4顎が引けない方 顎を軽く支え、後頭部に手を当てて前屈を助けます。後屈では、頭のいちばん出っ張った部分の少し下に手を当てます。
  5. 5体幹の回旋 座ったまま、上半身を左右の後ろ方向へゆっくりねじり、胸郭を大きく動かします。

首のストレッチは、必ず姿勢調整をしてから行いましょう。姿勢が崩れたままでは、効果はほとんど期待できません。

3-5 声を育てる発声練習

パーキンソン病の方の声は、小さい、速すぎるか遅すぎる、抑揚がない、かすれる、といった特徴があり、とにかく聞き取りにくくなります。ご本人に自覚がなく、「どうして聞こえないの」と怒り出してしまうこともあります。

順番内容
準備姿勢調整と胸郭のストレッチを先に行う
1深呼吸と咳をして、最初の状態を確認
2「あー」となるべく長く声を出す。一般的には20秒から30秒。数秒しか続かない方も多い
3低い声で「のー」と数回
4高い声で「のー」と数回
5高い声から低い声、低い声から高い声へ、音階を上げ下げしながら続ける。手も一緒に上げ下げ
6最後に深呼吸と咳、もう一度「あー」の長さを測り、前後の変化を確認

「ドレミファソラシド」と言いながら喉仏に指を当てると、高い声で喉仏が上がるのがわかります。高い声と低い声を行き来することが、飲み込みに使う喉の筋肉の練習になるのです。しゃがれ声が強い方には、プッシング・プリング法も有効です。

ワンポイント一人でやらせず、一緒に声を出す

声を出している間、指でくるくると円を描くなどして続いていることを示すと、ご利用者様は「一人じゃない」と感じ、乗ってきてくれます。なお、喉仏を左右にゆらしてほぐす方法は、首の前に大切な神経や血管があるため、自分の体で十分に練習してから行い、不安なときは行わないでください。

3-6 楽しく続けるグーパー体操

手を「グー、パー」と握って開きながら、声も一緒に「グー、パー」と出します。声と手の動きを合わせるのは、リズムが取りにくいパーキンソン病の方には意外と難しい課題です。

  • できる方は、腕を前、上、横と指示に合わせて動かしながらグーパーを行う応用編へ
  • 声が出なくても手だけ一緒に動かせばよく、少しでも声が出たら「声が出ましたね」と伝える
  • 難易度を自由に調整でき、頭の体操、運動、声の練習を一度にこなせる

これまでに学んだ開口保持運動、舌出し保持運動、あいうべ体操、顎持ち上げ体操なども、嚥下障害に効果的な運動です。ご利用者様の状態に合わせて組み合わせていきましょう。

 

4まとめ 重要ポイントと振り返り

本講義の重要ポイント3

ポイント1 パーキンソン病の嚥下障害は「いつか必ず起こる」と考える

死亡原因の上位は肺炎、窒息、栄養障害。むせない誤嚥も多いため、ステージを把握し、先回りして関わることが大切です。

ポイント2 姿勢調整の要は骨盤を立てること

お尻を奥へ、胸椎の曲がり角に枕、骨盤まわりを固めのタオルで支える。顎が引けると飲み込みがその場で変わることがあります。

ポイント3 呼吸ケアで胸郭をやわらかく、声と咳の力を育てる

体軸捻転法、シルベスター法、肋間筋のマッサージで胸郭を動かし、発声練習の前後で声と咳の変化を確かめましょう。

学びの振り返りメモ

次の問いに、自分の言葉で答えられるか確かめてみましょう。

  • パーキンソン病の方にむせない誤嚥が多いのはなぜか、説明できますか。
  • 円背が飲み込みを妨げるしくみを、首の筋肉の働きから説明できますか。
  • 随意的な咳が難しい理由と、咳ができることの意味を説明できますか。
  • 車椅子での姿勢調整の手順を、5つ順番に言えますか。
  • 発声練習の前に姿勢と胸郭を整える理由を説明できますか。

チェック練習表

練習項目目安自己確認
肋間筋のマッサージ指の腹全体でやさしく揺らす□ 自分の体で練習した
体軸捻転法左右10秒ずつ□ 胸郭の伸びを確認できる
シルベスター法約10回□ 呼吸との同期を確認できる
側臥位の肩甲骨ストレッチ回旋、挙上と下制、内転と外転□ 順番どおりにできる
座位の姿勢調整5つの手順□ 骨盤を立てられる
首のストレッチ各方向約20秒、2回□ 姿勢調整の後に行える
発声練習「あー」の長さを前後で測る□ 変化を記録できる
随意的な咳の確認「お咳をしてください」□ 咳の力を評価できる

目標再確認シート

期間目標の例
明日の施術担当のご利用者様の発症年数とステージを確認する
1週間後運動症状と非運動症状を書き出し、随意的な咳と「あー」の長さを確認する
1か月後食事の姿勢と骨盤の位置を見直し、姿勢調整と呼吸ケアを施術に組み込む
継続して食事の内容と量、誤嚥性肺炎の既往を必ず確認し、変化を記録する

ワンポイントこの方法はパーキンソン病の方だけのものではありません

今回学んだ姿勢調整と呼吸ケアは、誤嚥性肺炎の既往があるすべてのご利用者様に役立つアプローチです。ぜひ明日の施術から試してみてください。

 

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