迷わない起き上がり支援_FRB202607
動作を”層”で分析すれば、ご利用者様への次の手が見えてくる

迷わない起き上がり支援
ご利用者様への次の一手が見えてくる
ご利用者様の「起き上がれない」に向き合うとき、あなたはまず何を見ていますか。筋力でしょうか、関節の硬さでしょうか。本書は、ベテラン施術者の頭の中にある思考の道筋を誰もが使える形に整理した、起き上がり動作のための教科書です。
本書を読み終えるころには、どこまでできて、どこからできないのかを見抜き、その層に合った練習を、迷わず選べるようになっていることを目指します。
| 本書で身につくこと | 現場でできるようになること |
|---|---|
| 動作を層に分ける視点 | 起き上がりを第一層と第二層に分けて評価できる |
| つまずきの原因の見立て | 体幹、肩甲骨、肘の位置、重心移動から原因を推測できる |
| 層に合った対策 | 介助下の起き上がり運動、リーチ、下肢の押し出し練習を使い分けられる |
| 臨床の原則 | 一つ中枢の関節の安定性から評価を組み立てられる |
本書は、最初から順番に読むことをおすすめします。第1章で考え方の土台、第2章で原因の見立て、第3章で具体的な施術を学び、第4章で自分の言葉に落とし込む流れになっています。
経験豊富な施術者は、目の前のご利用者様の状態や評価の結果を見た瞬間に、「こう進めれば、こうなっていくだろう」という見通しを頭の中で組み立てています。
しかし、頭の中の思考は外からは見えません。先輩のやり方を真似することはできても、考え方そのものを真似することは難しいのです。ここに、若手や経験の浅い施術者が迷ってしまう大きな理由があります。
アルゴリズムとフローチャートの役割
フローチャートは覚えるためのものではありません。手元のメモとして持ち、ご利用者様に対応するときに見返しながら、順序立てて評価を進めるための道具です。
フローチャートをご利用者様の前で使うことは、決して恥ずかしいことではありません。「一緒にどこまでできるか確かめていきましょうね」と声をかけ、一枚の用紙にしてご利用者様やご家族と共有すれば、目標を共有する心強いツールになります。大切なのは伝え方です。
動作と姿勢は、評価の考え方が異なります。この違いを押さえることが、本講義の出発点です。
| 動作 | 姿勢 | |
|---|---|---|
| 正体 | いくつものフェーズが組み合わさったもの | フェーズがなく、一つの形を保つもの |
| 評価の視点 | どのフェーズまでできるか | その姿勢を維持できるか |
| 例 | 寝返り、起き上がり | 座位 |
「寝返りができない」「起き上がりができない」と一言でまとめてしまうと、どこから手をつけてよいか分からなくなります。大切なのは、すべてができないのではなく、ここまではできて、ここからができないと分析することです。
そのために動作をいくつかの層に分けて捉えます。前回の寝返りでは第一層から第三層に分けて考えました。今回の起き上がりは、第一層と第二層の二つに分けて考えます。
| 第一層 | 第二層 | |
|---|---|---|
| 範囲 | 横向きからオンエルボーまで | オンエルボーからオンハンド、座位まで |
| 主な動き | 下肢を下ろしながら、肘で体幹を起こす | 肘を伸ばし、重心を移して上体を起こす |
| 要となる力 | 体幹の支持性、支える側の肩甲骨の安定、カウンターウェイト | 上腕三頭筋と肩甲骨の安定、下肢の支持性、重心移動 |
ここからは、各層で起こりやすいエラーの典型パターンと、その背景にある原因を整理します。パターンを知っておくと、ご利用者様の動きを見た瞬間に原因の候補がすぐ浮かぶようになります。
| 典型パターン | 起きていること | 見立てる原因 |
|---|---|---|
| サイドバーを掴んで引き込む | 肘で体幹を起こせず、腕の力だけで体を引き上げようとして失敗しやすい | 体幹の支持性の低下 |
| 下肢を下ろさずに起きようとする | 下肢の重みを使ったシーソーのようなカウンターウェイトが働かず、上半身の力に頼ることになる | 下肢を下ろす動きの不足、お尻の位置 |
| 手は来るが体がついてこない | 引っ張っても体幹を固定する力がなく、上体を屈曲させながら起こせない | 体幹の支持性の低下 |
| オンエルボーを保てず倒れる | 片肘の姿勢になってもすぐ崩れ、元の方向へ倒れてしまう | 体幹の支持性、支える側の肩甲骨の不安定性、肘をつく位置 |
見落としやすいのはポジショニング 施術者はつい筋力や可動域といった身体機能に目を向けがちです。しかし、肘をつく位置とお尻の位置だけで、起き上がりやすさは大きく変わります。
機能の高い人は、多少不安定な位置に肘をついても自分で修正できます。けれども機能が低下したご利用者様は、こうした些細な位置の違いに大きく左右されます。まずは位置を整えることから始めましょう。
| 典型パターン | 起きていること | 見立てる原因 |
|---|---|---|
| 途中で止まる | 肘が曲がったまま伸びきらず、オンハンドまで到達しない | 上腕三頭筋の低下、肩甲骨の安定性の不足 |
| 斜めのまま止まる | 肘は伸びているのに、体が斜めのまま正面に戻ってこられない | 重心移動ができない、体幹の安定性、分離運動の難しさ |
途中で止まる理由 肘を伸ばす力の主役は上腕三頭筋です。この筋肉の一部は肩甲骨に付着しているため、肩甲骨が安定していなければ、上腕三頭筋そのものが働きづらくなります。つまり「三頭筋が弱い」と考える前に、肩甲骨の周りの安定性を確かめることが大切です。
斜めで止まる理由 たとえば左のお尻に重心が乗った状態から、右側へ少しずつ重心を移していく必要があります。この体の中で重心を移動させる力が不足すると、斜めの姿勢のまま止まってしまいます。重心を移すには体幹の安定も欠かせず、不安定さは「怖い」という感覚にもつながります。
起き上がりの難しさは、年齢そのものよりも円背と拘縮がもたらす変化が大きく影響しています。
| 要因 | 起き上がりへの影響 |
|---|---|
| 円背による寝返りの小ささ | 体が丸く小さいため寝返りが十分に回りきらず、足を投げ出せない |
| 下肢の重みの少なさ | カウンターウェイトとして使える重みが少なく、テコの働きが弱くなる |
| 肩甲骨の不安定なアライメント | 円背姿勢では肩甲骨が前に傾き外に開きやすく、支える力が出にくい |
| 分離運動の難しさ | 骨盤だけを動かすといった部分的な動きができず、体全体が一緒に動いてしまう |
| 些細な拘縮の積み重ね | 目に見える関節の制限とは別に、小さな硬さが積み重なって滑らかな動きを妨げる |
イメージで理解する タコとロボット
若い人の体は、タコのように各部分がしなやかに動きます。一方、拘縮が進んだ高齢の方の体は、関節の固まったロボットのようなイメージです。座ったまま重心を前に移してくださいとお願いすると、私たちは骨盤だけを動かせますが、高齢の方は体全体ごと動いてしまいます。
この体の中での微調整が苦手なことが、重心移動のつまずきにつながります。円背そのものを治すのは現実的ではないため、使えていない肩甲骨周囲の筋肉を活性化させ、今のアライメントでも安定させることを目指します。
肩甲骨が安定する位置は内転、つまり肩甲骨を背骨側に寄せた位置です。スクワットでバーベルを担ぐとき、自然と肩甲骨を寄せて構えるのと同じ理屈です。
ここで一度立ち止まり、日々の施術を振り返ってみましょう。答えはすぐに出なくて構いません。考えること自体が、見立ての力を育てます。
最後の問いは、講義の中でも技術部として取り組むべき課題として挙げられました。経験を重ねた施術者同士なら通じ合う「硬さ」の感覚も、新人にとっては「どこが、どのくらい硬いのか」が分かりません。感覚を言葉と基準に置き換えていくことが、これからのチームの宿題です。
層を分けずに「全部できないね」と判断してしまうと、すでにできていることばかり練習することになりかねません。できていない層に集中した方が、改善はずっと早くなります。
仕事の進め方と同じです
上司から毎日のように新しい課題を出されたら、何から手をつけてよいか分からなくなりますよね。でも「まずはこれを何日までに」と区切ってもらえれば、落ち着いて取り組めます。ご利用者様も同じです。できない動作をまるごと求められると混乱してしまうので、まずはここからと一つの層に絞って伝えましょう。
| 評価の結果 | 練習の焦点 |
|---|---|
| 第一層も第二層もできない | 第一層から練習を始める |
| 第一層はできる、第二層はできない | 第二層を徹底的に練習する |
| どちらもできる | 座位の評価と練習へ進む |
第一層ができない場合、まず確認したい前提条件は股関節と膝関節が曲がるかどうか、そしてリーチ動作ができるかどうかです。膝が曲がらなければ下肢を下ろす動きが生まれず、カウンターウェイトが使えないため、体幹への負担が大きくなります。
そのうえで、腹筋運動のような単独のトレーニングよりも、起き上がりの動作そのものを使って弱い筋力を鍛える方法が理にかなっています。
| 手順 | 施術者の動き | ねらい |
|---|---|---|
| 1 姿勢をつくる | 横向きから下肢を下ろし、施術者の足で下肢側を誘導してカウンターウェイトを生み出す | テコの原理を体験させる |
| 2 支える | 片手で肩甲帯をしっかり支え、もう一方で肘を押さえて固定する | 肩甲骨と肘の安定 |
| 3 保持する | 片肘の姿勢を10秒保持し、いったん横になって休む | 体幹と肩甲骨周囲筋の活性化 |
| 4 上げ下げする | 「上げます」「戻ります」と声をかけながら、一緒に上げ下げを繰り返す | 自動介助運動としての腹筋トレーニング |
| 5 ゆっくり戻す | 下がるときもゆっくり下りてもらう | 遠心性収縮で体幹筋を鍛える |
この方法は、動作練習・腹筋トレーニング・肩甲骨周囲筋のトレーニングを同時に行える、まさに一石二鳥以上の練習です。上体は正面に折りたたむのではなく、斜め方向に起こしてくるイメージで誘導します。
介助の主役は下肢側の操作です。上体を強く持ち上げるのではなく、下肢を下ろすことで自然に上体が上がる流れをつくり、ご利用者様ご自身の力を最大限に引き出しましょう。動きを理解してくださったら、介助は少しずつ減らしていきます。
介助下の起き上がり運動ができるようになったら、次は難易度を一段上げます。反対側の腕を前方へ伸ばすリーチの勢いを使って起き上がる練習です。
| 引っ張り型 | リーチ型 | |
|---|---|---|
| 動き方 | サイドバーなどを握って、腕の力で体を引き寄せる | 反対側の腕を前へ伸ばしながら上体を起こす |
| 筋肉の状態 | 等尺性収縮で固まった状態になりやすい | 筋肉が固まらず、体に余裕がある |
| 次の動作へのつながり | 体の自由度がなく、肘を伸ばす次の動作に移りにくい | 自由度が高く、次の動作へ滑らかにつながる |
| 汎用性 | 支える側に強く頼るため、やり方が限られる | さまざまな場面に応用できる |
重い物を全力で持ち上げた直後に「では歩いてください」と言われたら、体がすぐには動きませんよね。引っ張り型の起き上がりは、まさにこの状態です。起き上がりは途中経過であり、その先に肘を伸ばす動きが続くことを忘れないようにしましょう。
声かけの例
声かけに正解は一つではありません。ご利用者様に合った言葉を、実践しながら探していきましょう。
第二層では、上肢だけでなく下肢の支持性が鍵になります。足がぶらぶらの状態では腕の力だけで起き上がらなければなりませんが、足でしっかり床を押せれば、腕を伸ばす動きを助けてくれます。手だけで上がるより、手と足の両方を使う方が楽なのは当然です。
| 正しい動き | 誤った動き | |
|---|---|---|
| 下肢の使い方 | 足裏で床をしっかり押す | 膝が伸びてしまい、押す力が伝わらない |
| タイミング | 押すタイミングと上がるタイミングを同時に | 押す動作と上がる動作がずれてしまう |
重心は骨盤の前方付近にあると考えられています。重心を効率よく動かしたいときは、骨盤を直接動かしてあげるのが近道です。異性のご利用者様に触れる際は、事前の説明と同意を丁寧に行いましょう。
本講義を貫く大切な原則があります。それは、ある関節を動かすためには、その一つ中枢側の関節が安定していなければならないということです。
| 動かしたい関節や動作 | 安定させるべき一つ中枢の部位 |
|---|---|
| 肘を伸ばす オンエルボーからオンハンドへ | 肩甲骨と肩関節 |
| 腕を頭上に挙げる バレーボールのサーブなど | 肩甲胸郭関節と体幹 |
肘が伸びないと、すぐに「上腕三頭筋が弱いのでは」と考えがちです。しかし本当は、三頭筋が働きづらい環境になっているのではないかと一歩引いて見ることが、根本的な改善への近道です。
次の問いに、自分の言葉で答えてみましょう。手帳やノートに書き出すと、学びがしっかり定着します。
| チェック項目 | 1回目 | 2回目 | 3回目 |
|---|---|---|---|
| 起き上がりを第一層と第二層に分けて評価できた | □ | □ | □ |
| 肘をつく位置を左右と前後の両方から確認した | □ | □ | □ |
| お尻の位置がカウンターウェイトを使える位置か確認した | □ | □ | □ |
| 介助下の起き上がり運動で下肢側を操作できた | □ | □ | □ |
| 下がるときにゆっくり戻るよう声をかけた | □ | □ | □ |
| リーチを使った起き上がりへ段階を上げられた | □ | □ | □ |
| 下肢の押し出しと上がるタイミングを合わせられた | □ | □ | □ |
| 重心移動を骨盤に触れて確認した | □ | □ | □ |
| 肘が伸びない原因を肩甲骨の安定性から考えた | □ | □ | □ |
| 期間 | 目標の視点 | 目標の例 |
|---|---|---|
| 1週間後 | 評価 | 担当のご利用者様全員について、起き上がりのつまずく層を把握する |
| 1か月後 | 施術 | 介助下の起き上がり運動とリーチの練習を、層に合わせて使い分ける |
| 3か月後 | チーム | 「層で見る」考え方と「硬さ」の伝え方を、後輩と共有できる |
目標は小さく、具体的に立てるのがコツです。ご利用者様の課題を層に分けるのと同じように、自分の成長も段階に分けていきましょう。
本日もお忙しい中、熱心にご参加いただき誠にありがとうございました。実技では積極的に体を動かし、質問を重ねてくださる皆さまの姿から、ご利用者様への深い想いが伝わってまいりました。
今回学んだ「層で見る」視点は、起き上がりだけでなく、これから学ぶ座位や立ち上がりにも通じる土台です。明日の施術で一つでも試していただき、その手応えをぜひ仲間と共有してください。皆さまの小さな一歩の積み重ねが、ご利用者様の「できた」という笑顔につながっていきます。
次回も、皆さまとご一緒できることを心より楽しみにしております。
➤【掲載事例について】
本掲載事例は実際の利用者様の事例をもとに作成しています。個人情報保護のため、画像・氏名・その他個人を特定できる情報はAI加工および匿名化処理を行っています。
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