枕ひとつで「食べる力」がよみがえる SPRO_202608

パーキンソン病の嚥下障害を姿勢と呼吸で支えるプロの技術「むせないから安心」ではない

研修テキスト

枕ひとつで
「食べる力」がよみがえる

パーキンソン病の嚥下障害を
姿勢と呼吸で支えるプロの技術
むせないから安心、ではない

パーキンソン病は、高齢のご利用者様に関わる私たちにとって、ほぼ必ず出会う病気です。そして、この病気で亡くなる方の死因の上位は肺炎・窒息・栄養障害という「食べること」に関わるもの。本テキストでは、講義と実技の内容を丁寧に整理し、病気の理解から、姿勢調整・呼吸療法・発声練習の具体的な手順までを一冊にまとめました。読み終えたとき、あなたの「観る目」と「触れる手」は、確実に一段プロフェッショナルになっています。

この講義のゴール身につく力
病気を知るパーキンソン病の症状と進行の流れを理解し、ご利用者様の今の段階を把握できる
危険に気づくむせない誤嚥や食欲低下など、見えにくいサインを観察できる
姿勢を整える円背やずっこけ座りを、枕やタオルで食べやすい姿勢に調整できる
呼吸と声を支える胸郭のストレッチ、咳の確認、発声練習を正しい順序で実施できる

目次

1問題定義なぜ今、パーキンソン病の嚥下なのか2問題定義パーキンソン病の基礎知識と治療3問題定義嚥下障害が命に関わる理由4原因と問いかけ進行の流れと重症度を知る5原因と問いかけ食べられなくなる7つの仕組み6原因と問いかけ円背と姿勢が飲み込みを妨げる理由7対策ステージ別アプローチとリハビリの基本8対策呼吸療法と「咳の力」の確認9対策発声練習の進め方10対策実技1 ベッド上のアプローチ11対策実技2 座位の姿勢調整と頸部ケア12対策受講者の質問から深める13まとめ重要ポイントと学びの振り返り14まとめチェック練習表と目標再確認シート15まとめ受講者のコメントと運営スタッフより

CHAPTER 1

問題定義
見過ごされやすい「食べる」の危機

パーキンソン病は運動症状に目が向きがちです。けれど、本当に命を左右するのは「飲み込み」です。

1. なぜ今、パーキンソン病の嚥下なのか

パーキンソン病のご利用者様に出会ったことがない、という方はほとんどいないはずです。それほど身近な病気ですが、私たちはつい震えや歩きにくさといった目に見える運動症状に注目してしまいます。

しかしパーキンソン病は、病気のどの時期にも嚥下障害が起こりやすい病気です。今は問題がないように見えても、「嚥下障害はないかな?」という疑いの目を常に持ち続けることが、ご利用者様を守る第一歩になります。

表1 パーキンソン病の現状

数字で見るパーキンソン病内容
世界の有病者数約690万人から、今後約1,420万人へと約2倍に増加すると予測。パーキンソン・パンデミックとも呼ばれます
日本の有病者数約15万〜18万人。全体ではおよそ1,000人に1人
高齢者に限るとおよそ100人に1人。訪問の現場では決して珍しくありません
発症年齢多くは50〜70歳。40歳以下で発症する若年性もあります
寿命治療とリハビリの進歩により、平均寿命とあまり変わらないとされます

寿命を全うできる病気になったからこそ、長い年月をどう「食べて」「話して」「暮らすか」が大切になります。ご自宅で長くご利用者様に寄り添う私たちだからこそ、果たせる役割があるのです。

2. パーキンソン病の基礎知識と治療

パーキンソン病は、脳内でドパミンという物質の産生が少なくなり、運動の調整がうまくいかなくなる病気です。まずは代表的な四大徴候を整理しましょう。

表2 パーキンソン病の四大徴候

四大徴候どんな症状か現場での見え方
振戦安静時に手足や体が震える何かをしようとすると震えが止まることもある
筋固縮筋肉がこわばり、スムーズに動かない体が硬く、施術時の抵抗が強い
無動・寡動動作の開始が遅れ、動きが小さくなる立ち上がりや食事の動作に時間がかかる
姿勢反射障害体のバランスが取りにくい転倒しやすい。前かがみ姿勢が強まる

■ そのほかに見られる主な症状

  • ●仮面様顔貌 表情が乏しくなる
  • ●声量の低下 声が小さく、かすれる。パーキンソン病特有の構音障害が出る
  • ●小字症 書く文字がだんだん小さくなる
  • ●歩行障害 小刻み歩行や、歩き出すと止まれなくなる突進現象

■ 見落とされやすい非運動症状

臨床で厄介なのが非運動症状です。食欲不振・便秘・うつ・認知機能の低下など、動きとは関係のない症状が出やすく、これがリハビリの妨げにもなります。

■ 治療の全体像

表3 パーキンソン病の主な治療

治療法内容
薬物療法治療の中心。L-ドパでドパミンを補ったり、ドパミンの働きを助ける薬を使います
リハビリ日々のリハビリが進行を遅らせます。私たちが最も関われる領域です
手術療法脳深部刺激療法、通称DBS。脳に電極を埋め込み、胸部の装置で運動を助けます
再生医療・遺伝子治療iPS細胞などからドパミンを作る細胞を作り、脳に移植する研究が実用化に近づいています

■ リハビリの3大ポイント

1体を大きく動かす 動きが小さくなる病気なので、意識して大きく
2声を大きく長く出す 呼気が多いほど、嚥下機能の面でも有利
3良い姿勢を保つ 姿勢が崩れると、呼吸も飲み込みも悪化

ワンポイント

ご本人は「大きく動いているつもり」です

「もっと大きく」と声をかけても伝わりにくいのは、ご本人がすでに大きくしているつもりだからです。そこで見える化が効果的です。スマートフォンで声を録音して聞いてもらう、騒音計アプリで針の振れを見せる、動きを動画で撮影して見てもらう。病識を持っていただくことが、リハビリの大切な土台になります。

学びのページ

3. 嚥下障害が命に関わる理由

■ ある著名人の事例から

社交的で、仲間と食事やお酒を楽しむことが大好きだった、ある著名なテレビ司会者の方がいます。診断の数年前、人前で上半身が勝手に前へ傾き、まっすぐ立っていられないことを指摘されたのが最初の異変でした。

その後パーキンソン病と診断され、積極的にリハビリに取り組まれましたが、晩年は人に会うことを避け、一人で過ごすことを好むようになったそうです。そして食事中の窒息をきっかけに体調を崩し、数か月後に亡くなられました。

パーキンソン病は、体だけでなく人の性格や暮らし方まで変えてしまうことがあります。そして最後に命を脅かすのは、多くの場合「食べること」なのです。

表4 パーキンソン病の主な死因

順位パーキンソン病の主な死因背景
1位肺炎誤嚥性肺炎が多く含まれると考えられます
2位窒息食べ物が気道をふさぐ
3位栄養障害食べる量がどんどん減っていく

亡くなる方の半分以上が「食べること」に関わる原因です。日本人全体の死因の上位が、がんや心疾患であることと比べると、その特徴がよくわかります。

■ 復習 誤嚥と誤嚥性肺炎

嚥下障害の原因は大きく病気によるものと加齢によるものに分かれます。病気では脳卒中、パーキンソン病などの神経の病気、食べる器官のがんなど。加齢では、飲み込みの筋肉が衰えるサルコペニアや、使わないことによる廃用が原因になります。

表5 誤嚥の種類

状態何が起きているか危険度
正常な嚥下食べ物がしっかり食道へ入る安全
むせのある誤嚥食べ物が気管に入り、むせて出そうとする注意
不顕性誤嚥気管に入ってもむせない。静かに肺炎へ進む最も危険

ワンポイント

「むせていなかったのに肺炎」は珍しくありません

パーキンソン病の方には、むせない誤嚥、つまり不顕性誤嚥が非常に多いのが特徴です。誤嚥性肺炎と診断されて「別にむせていなかったのに」と驚かれるご家族も少なくありません。気管に水分が入ったときに出る痰がらみの声、しゃがれ声も大切なサインです。

CHAPTER 2

原因と問いかけ
なぜ食べられなくなるのか

症状の進み方と、飲み込みを妨げる仕組みを理解すると、ご利用者様の「今」と「これから」が見えてきます。

4. 進行の流れと重症度を知る

パーキンソン病は、多くの場合運動症状がきっかけで見つかります。ところが実は、発病の10年、20年前から非運動症状が先に出ているといわれています。

表6 パーキンソン病の経過

時期主な症状
発病の10〜20年前便秘、嗅覚障害、うつなどの非運動症状が先行。この段階での発見は非常に難しい
発病と診断運動症状が出て、初めてパーキンソン病が疑われ診断に至ることが多い
中期薬の効果が切れやすくなるウェアリングオフや、薬が効きすぎて手足が勝手に動くジスキネジアが出現
進行期歩行障害と姿勢反射障害が強まり転倒リスクが増大。軽度の認知障害、声が小さくなりやり取りが難しくなる
最終段階寝たきりになることが多い。非運動症状は亡くなるまで続く

■ ホーン・ヤールの重症度分類

表7 ホーン・ヤールの重症度分類

ステージ状態生活での支援
1度症状が体の片側のみ。ごく軽症ほぼ自立
2度こわばりや震えが体の両側に出る日常生活はほぼ自立
3度姿勢反射障害が出てバランスが悪くなり、活動が制限される部分的な介助が必要になり始める
4度日常生活の多くに支障介助量が増える
5度一人で起きたり歩いたりすることが難しい全面的な介助が必要

進行の目安として、発症からおよそ10年でステージ3、その後約2年ごとに1段階進み、発症から14年ほどでステージ5に至るといわれています。

ワンポイント

担当のご利用者様は、今どの段階ですか?

「発症から何年か」「ヤール分類では何度か」を意識するだけで、これから起こる症状が予測でき、先回りしたアプローチが可能になります。ご利用者様の人生に長く寄り添う私たちだからこそ、この視点が大きな力になります。

開催レポート

5. 食べられなくなる7つの仕組み

パーキンソン病の方の半分以上に体重減少がみられます。進行するほど痩せていくのは、次のような原因が重なっているからです。

表8 パーキンソン病の嚥下障害の特徴

原因具体的な内容
1 食欲がわかない便秘や消化管の動きの低下で消化が進まない。味覚異常で食事がおいしく感じられない
2 食後低血圧食べると胃へ血流が集まり、血圧が下がる。食べることがおっくうになる
3 消費エネルギーの増加筋固縮やジスキネジアで常に体が緊張・運動しているため、食べても太れない
4 薬の副作用L-ドパによる吐き気、食欲不振、便秘
5 食事に時間がかかるかむ動きはあっても、舌で食べ物を奥へ送れず、口の中にため込んでしまう
6 自覚がないむせていても「むせていない」、「普通に食べられる」と答える方が多い
7 守る力が弱い感覚の低下による不顕性誤嚥、気管に入った物を出す咳の反射の低下

■ 映像から学ぶ実際の様子

講義では、ご利用者様の食事場面の映像が紹介されました。口をもぐもぐ動かしているのに、喉仏がなかなか上がらない。かむ動きに見えても実際の咀嚼の機能はほとんどなく、嚥下反射が起こりにくい状態です。空のスプーンを口に入れる刺激で、ようやく飲み込みが起こりました。

同じ方の声は、非常に小さく、かすれて、早口。「言っていることはわかるのに、できなくてごめんね」と話しているのに、ほとんど聞き取れません。首の前の胸鎖乳突筋が強く緊張し、呼吸も努力的でした。

薬が効きにくく、間接訓練の効果も薄い。食べたくない、飲み込みにくい、決定的な治療法がない。だからこそ、私たちにできる2つの柱「姿勢調整」と「呼吸機能へのアプローチ」が重要になります。

嚥下はさまざまな筋肉と動きの組み合わせで成り立つため、薬が効きにくいのが特徴です。薬で声や動きが改善しても、飲み込みは改善しにくいのです。また、一般的な嚥下の間接訓練も、パーキンソン病では効果が薄いと言われています。

6. 円背と姿勢が飲み込みを妨げる理由

パーキンソン病では姿勢反射障害により、背中が丸くなる円背になりやすくなります。円背は嚥下障害を引き起こしやすい、非常に良くない姿勢です。

■ 円背の姿勢ができるまで

1背骨と腰が曲がり、頭が下へ下がる
2下がった頭を上げようとして、顎を前に突き出す
3首の前側の筋肉は伸ばされ、首の後ろ側の筋肉は縮んで短くなる
4突き出た頭を支えるため、胸鎖乳突筋が強く緊張する

表9 円背が嚥下に与える影響

円背で起きること飲み込みへの影響
気道が広がりやすい食べ物が気管へ入りやすく、誤嚥しやすい
顎の下の舌骨上筋群が伸びきる喉仏を引き上げる筋肉が縮めず、飲み込む運動が妨げられる
パーキンソン病の筋固縮が加わる舌骨の周りの筋肉が硬くなり、嚥下障害がさらに悪化
胸郭が変形し動きが悪くなる呼吸機能が低下し、声が小さくなる。咳の力も弱まる
車椅子での後ろ重心手が前に伸びず、自分で食事を口に運べなくなる

ワンポイント

食事のとき、人は前かがみになります

私たちは食事のとき、自然とやや前かがみになります。ところが車椅子は後ろ重心になりやすい構造です。円背の方にとって後ろにもたれる「ずっこけ座り」は楽な姿勢ですが、その姿勢では手が前に伸びず、飲み込みにも不利になります。

考えてみましょう

Q1担当しているパーキンソン病のご利用者様は、発症から何年目で、ヤール分類の何度にあたるでしょうか。

Q2その方は最近痩せてきていませんか。食事の量や時間に変化はありますか。

Q3「むせていないから大丈夫」と判断していた場面はありませんか。

Q4食事のとき、その方は車椅子や椅子でどんな姿勢をとっていますか。顎は上がっていませんか。

セミナースケジュール

CHAPTER 3

対策
姿勢と呼吸で、食べる力を支える

ここからは明日から使える具体的なアプローチです。順序と目的を理解して実践しましょう。

7. ステージ別アプローチとリハビリの基本

表10 ステージごとの課題とアプローチ

ステージ課題アプローチの中心
ヤール1〜2度運動機能の低下運動機能のリハビリが中心。この時期から姿勢と呼吸を意識するとさらに効果的
ヤール3度以上姿勢反射障害、胸郭の変形、呼吸機能の低下、声量の低下姿勢の保持と調整、呼吸へのアプローチ、嚥下を意識したアプローチ
寝たきりの段階生命維持、寝たきりによる合併症褥瘡予防や拘縮予防など、ベッド上での関わりが中心

多くのご利用者様はヤール3度以上の段階にいらっしゃいます。この段階での嚥下を意識したアプローチとは、すなわち姿勢の保持、呼吸機能の改善、むせたときにしっかり咳き込める力を高めることです。

■ 口と頭の体操

前回までに学んだ嚥下に効果的な運動も、パーキンソン病の方のトレーニングにぜひ組み込みましょう。

表11 嚥下に効果的な運動

運動方法とポイント
開口保持運動口を大きく開けたまま10秒間。これを5回
舌出し保持運動舌を出したまま10秒間。これを5回
嚥下体操首の姿勢を整えて首の体操、「あー・いー・うー・べー」と大きく口を動かす
舌を挟んで飲み込む練習舌を出して唇で挟み、そのまま唾を飲み込む。難易度は高め
顎持ち上げ体操親指で顎の下から押し上げ、頭は下を向いて力を拮抗させる
嚥下おでこ体操認知機能が保たれ、体が動く方向け

■ おすすめ リズム体操「グーパー体操」

認知機能の維持・運動・発声練習を同時にかなえる、講義でおすすめされた体操です。パーキンソン病の方はリズム障害があり、声と手の動きを同期させることが難しくなりやすいため、効果的なトレーニングになります。

1両手を「グー」「パー」と握って開く
2声を出しながら「グー、パー」と手を動かす
3応用:手を前に出して「グー、パー」
4さらに応用:前、上、横と腕の方向を変えながら「グー、パー」
5上級:施術者の指示に合わせて、前、上、横、前とランダムに動かす

ワンポイント

ほとんど拒否されない、楽しい体操です

ご利用者様と施術者が一緒に行うので、楽しく取り組めます。声が出なければ手だけでもよし、少しでも声が出たら「声が出ましたね」と認める。その方に合わせて難易度を自由に設定できるのが最大の魅力です。

8. 呼吸療法と「咳の力」の確認

パーキンソン病では、呼吸の力と咳の力が弱くなります。だからこそ呼吸療法は非常に有効です。目的は次の2つです。

表12 呼吸療法の2つの目的

目的なぜ必要か
胸郭の可動域を保つ肺そのものには動く筋肉がありません。肋骨と筋肉でできた胸郭が動くことで、肺が膨らみ縮むことができます
咳の力を高める痰が増え、咳が弱くなるため、誤嚥したときに出す力が必要です

表13 パーキンソン病の主な呼吸療法

主な呼吸療法対象と目的
発声練習声が小さくなることへのアプローチ
プッシング・プリング法しゃがれ声が強い方向け。声帯をしっかり閉じる練習
ペットボトルブローイング訓練吐く力を高める
胸郭の柔軟性を高める運動体軸捻転法、シルベスター法、肩甲骨のストレッチなど
腹筋群の筋力強化腹直筋や腹斜筋を鍛え、咳の力を高める

■ 肋間筋のリラクゼーション

肋骨と肋骨の間には内肋間筋・外肋間筋があり、胸郭の動きを支えています。パーキンソン病では筋緊張が強く、この肋間筋もかなり緊張していることが多いのです。

1ベッドに寝ている状態で、肋骨と肋骨の間に指を当てる
2指の腹全体で触れる
3そのまま優しく、ゆっくり揺らすように動かす

緊張がとれてくると、首の緊張もゆるみ、穏やかな表情になる方や、「呼吸が楽になった」とおっしゃる方もいます。

■ 随意的な咳ができるかを確認する

「咳をしてみてください」とお願いすると、「おほん」と声を出すだけで、咳ができない方が少なくありません。喉に刺激があって反射的に出る咳はできても、自分の意思で出す咳は意外と難しいのです。

表14 咳ができない理由

随意的な咳に必要な力パーキンソン病や高齢者では
声帯を意識的に閉じるうまく閉じられない
息をこらえるこらえきれない
瞬間的に力む瞬発力が低下しており難しい

ワンポイント

「咳をしてみて」は簡単で強力な評価です

随意的な咳ができない方は、咳の力が低下しており、誤嚥性肺炎のリスクが高いと考えられます。反対に、随意的な咳ができる方は、体に力を入れたり緩めたりを自分でコントロールできるということ。リハビリの効果も期待しやすいといえます。

社員紹介

9. 発声練習の進め方

パーキンソン病の方の声には、小さい、速いまたは遅い、抑揚がない、かすれるといった特徴があります。とにかく聞き取りにくいのですが、ご本人には自覚がなく、「なぜ聞こえないの」と怒り出してしまうこともあります。

■ まず自分で体感 甲状軟骨の動き

1人差し指で喉仏に触れる
2親指と中指で甲状軟骨を両側からそっと挟む
3そのまま「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」と歌う
4高い音になるほど、甲状軟骨が上に上がるのを感じる。わかりにくい場合は少し顎を引く

高い声と低い声を出すと、喉仏が大きく上下します。嚥下のときに喉仏が上がる動きと同じ筋肉を使うため、声の高低を意識した発声練習は、喉の筋肉のトレーニングに有効です。

■ 発声練習の手順

表15 発声練習の流れ

手順内容ポイント
1 準備姿勢調整。緊張が強い方は胸郭の柔軟性を高める運動を先に姿勢が整わないまま行わない
2 深呼吸鼻から大きく吸い、口をすぼめて口から長く吐く目の前のろうそくを1本ずつ吹き消すイメージ
3 咳「咳をしてください」と随意的な咳を確認「おほん」になっていないか観察
4 最長発声「あー」をできるだけ長く出す。秒数を計る一般的に20〜30秒。高齢の方では5秒、中には1〜2秒の方も
5 低い声低い声で「のー、のー、のー」できる範囲でよい
6 高い声高い声で「のー、のー、のー」手を上げ下げして音の高さを示す
7 音階の上下低い声から高い声へ、高い声から低い声へ、途切れずに声を出し続ける施術者も一緒に声を出す
8 しゃがれ声の方プッシング・プリング法を追加前回までの内容を参照
9 確認深呼吸、咳、最長発声をもう一度最初との変化を比べる

ワンポイント

ご利用者様を一人にしないこと

発声練習は施術者も一緒に声を出しましょう。最長発声のときは、指をくるくる回して「声が出ている間」を示すとわかりやすく、「一人でやっているのではない」と感じていただけて、自然に乗ってきてくださいます。声が小さすぎる方には、録音して聞いていただく方法が有効です。

注意

甲状軟骨のストレッチは自分で十分に練習してから

緊張が強い方には、甲状軟骨を左右にゆっくり動かしてゆるめる方法もあります。ただし首の前には大切な神経や血管があります。怖いと感じたら行わないこと。まずは自分自身の喉で何度も練習し、感覚をつかんでから実施しましょう。

10. 実技1 ベッド上のアプローチ

ベッド上では胸郭のストレッチを通じて、呼吸機能にアプローチします。普段の施術で行っているストレッチが、実は呼吸機能や嚥下機能の改善につながっていることを意識するだけで、施術の価値は大きく変わります。

■ 体軸捻転法

体幹捻転法とも呼ばれる、胸郭の可動域を広げるストレッチです。

1ご利用者様に仰向けで膝を立てていただく
2膝をそろえて片側へ倒す。右へ倒すと左の胸郭がストレッチされる
3伸びている側の胸郭に軽く触れ、「ここが伸びていますか」と声をかける
41から10まで数えて約10秒保持
5反対側も同様に約10秒

ワンポイント

痰が上がってきたら横向きに

体軸捻転法で肺が動き出すと、咳をされたり、たまっていた痰が出てくることがあります。その場合は横向きの姿勢にすると、さらに痰を出しやすくなります。

■ シルベスター法

1息を吸いながら両腕を頭の上へ上げる
2息を吐きながら両腕を下ろす
3これを約10回繰り返す

座位でも仰向けでも実施できます。腕が上がりにくい方や、首が一緒に動いてしまう方も多いので、無理のない範囲で行いましょう。呼吸と腕の動きが同期しているかを必ず確認します。認知機能の低下があると同期が難しい場合がありますが、胸郭をしっかり動かすことが目的なので、同期できなくても構いません。

ワンポイント

シルベスター法は痰を出す力にもつながります

特にシルベスター法の後は、痰が上がってくる方が多い傾向があります。その際は横向きになっていただき、しっかり痰を出してもらいましょう。

■ 側臥位での肩甲骨の他動的ストレッチ

胸郭をダイレクトに動かすストレッチです。横向きに寝ていただき、施術者が肩甲骨をしっかり把持して動かします。

表16 肩甲骨ストレッチの手順

順番動かし方
1小さな回旋運動で慣らす
2肩甲骨を上へ、下へ。挙上と下制
3肩甲骨を内側へ、外側へ。内転と外転
4上方回旋を、ゆっくり大きく
5下方回旋を、ゆっくり大きく
6最後に全体を大きくゆっくり回旋

とても硬い方には、事前に肋間筋のリラクゼーションを行うと効果的です。胸に手を当て、肋骨の間に指の腹を当てて細かく揺らします。側臥位でも仰向けでも実施できます。

■ 仰向けで顎が上がっている方への対応

入院中や在宅のご利用者様で、顎が上がった状態で寝ている方を見かけることがあります。これは非常に良くない姿勢です。顎が上がると、喉仏を引き上げる舌骨上筋群が伸びっぱなしになり、飲み込むときにうまく縮めなくなります。

1ベッドアップして上体を起こす
2頭の下だけにあった枕を、肩甲骨の後ろまで差し込む
3首が軽く前に曲がる頸部前屈位をつくり、顎を引いた状態にする

円背の方は仰向けだとどうしても顎が上がるため、横向きの姿勢がおすすめです。首の向きを整えると、唾液も飲み込みやすくなります。

施術師の声を聞く

11. 実技2 座位の姿勢調整と頸部ケア

■ まずは体験 顎を上げて唾を飲んでみましょう

1普通の姿勢で顎を上げ、唾液を飲み込む
2顎を引いた状態で、唾液を飲み込む
3もう一度顎を上げて飲み込み、違いを比べる

顎を上げると、驚くほど飲み込みにくいことがわかります。舌骨上筋群が伸びきって縮みにくくなるためです。円背の方は、日常的にこの状態で食べています。顎を上げたときの喉仏の上がり方は、パーキンソン病の方の飲み込みにとてもよく似ています。続けて、ずっこけ座りで手を前に伸ばしてみると、ロックされたように手が動きにくいことも体感できます。

■ 事例 枕ひとつで変わった食事

表17 姿勢調整の前後比較

項目姿勢調整の前姿勢調整の後
ご利用者様80代女性。パーキンソン病歴10年以上。大腿骨骨折の術後。ヤール3〜4度同左
姿勢円背。車椅子でずっこけ座り。後ろ重心やや前かがみ。前重心
首胸鎖乳突筋が強く張っている胸鎖乳突筋の張りが大きく改善
食事全介助自分で食べられるようになった
水分むせるむせなくなった

行ったのは、お尻を後ろへ移し、背中に枕を入れただけ。ほんの少しの姿勢調整が、嚥下障害を即時的に改善したのです。ただし、これを毎回徹底することが難しい。だからこそ、私たちが確実に身につける価値があります。

■ 座位の姿勢調整の手順

表18 座位の姿勢調整

手順方法目的
1 お尻を後ろへずっこけ座りのお尻を、車椅子の奥へ移動させる座る位置を正す
2 お尻の周りを固めるバスタオルを半分に折り、縦にくるくる巻いて、お尻の周りにはめ込む円背の方に必ずできるお尻の後ろのすき間を埋め、骨盤を立てる
3 背中に枕やタオル胸椎が曲がっている部分、肩甲骨のあたりに固めの枕や四つ折りのタオルを入れる自然な前かがみをつくり、顎を引きやすくする
4 足の位置フットレストを外し、足裏を床につけて少し後ろへ引く。届かなければ足台を使う姿勢を安定させ、前重心にする
5 腕の台車椅子の上にテーブルや板を置き、腕を乗せる重い腕を支えて前重心にしやすくする

ワンポイント

合言葉は「骨盤を立てる」

円背の方は骨盤が後ろに倒れています。とにかく骨盤を立てることが最大のポイントです。座面には、柔らかいクッションではなく固めのタオルやクッション性の少ない座布団を使いましょう。柔らかい素材では骨盤を支えきれません。ヘッドレストにもたれる座り方は、前重心にするのが難しくなる点にも注意します。

■ 座位での呼吸と頸部へのアプローチ

姿勢を整えたら、深呼吸、シルベスター法、頸部のストレッチ、体幹の回旋を一連の流れで行います。

表19 座位でのアプローチ

項目方法時間の目安
深呼吸鼻から吸い、唇をすぼめて長く吐く数回
シルベスター法吸いながら腕を上げ、吐きながら下ろす。呼吸との同期を確認約10回
頸部の側屈倒す側と反対側の肩に手を当てて固定し、首を横に倒す。左右とも。余裕があれば斜め前方向も追加各約20秒
頸部の前屈首を前に倒す。顎が引けない方は顎を支え、後頭部に手を当てて前屈を介助約20秒
頸部の伸展後頭部の最も出っ張った部分の少し下に手を当て、首を後ろへ約20秒
繰り返し頸部のストレッチ一連を連続して約2回
体幹の回旋座ったまま体幹を左右の後ろ方向へひねる無理のない範囲で

ワンポイント

姿勢調整をしないストレッチは効果が半減

首のストレッチの前には、必ず姿勢調整をしっかり行うこと。姿勢が崩れたままでは、ストレッチの効果はほとんど期待できません。高齢の方は体幹の回旋が難しいことが多いので、胸郭をしっかり動かすことを目的に、できる範囲で行いましょう。

12. 受講者の質問から深める

質問1 発症前に、嗅覚だけでなく味覚の異常も起こりますか?

発症前に特徴的に出やすいのは嗅覚障害で、国内外の文献でも前ぶれの症状として挙げられています。一方、味覚障害は薬の影響を受けることもあり、L-ドパの服用が始まった頃から出てきやすい印象です。発症前に味覚障害が目立つという報告は、現時点では特に聞かれていません。

質問2 発症からの年数が短いほど、改善しやすいのでしょうか?

その通りです。筋固縮や拘縮が進んでからそれを解くのは、とても難しいものです。意外なことに、ご本人やご家族が「これから嚥下障害が出る」「体が動かなくなる」ことを知らないケースも少なくありません。病気の見通しを伝えるのは私たちの役割ではありませんが、今どの段階かを把握することで、助言やアプローチの方法が変わります。早い段階でお会いできれば、「姿勢と呼吸は必ず悪くなるので、今から気をつけましょう」という意識づけができます。

ガイドラインには、体を大きく動かし、声を大きく出すことを徹底するLSVTという手法が掲載されており、進行を遅らせる効果が報告されています。正式な実施には資格と細かいルールが必要ですが、「大きく動く、大きく声を出す」という考え方は、私たちの施術にも十分に取り入れられます。

ワンポイント

一生寄り添えることが、私たちの強み

急性期の病院では、ご利用者様に長く関わることができません。在宅で関わる私たちは、その方の人生にずっと寄り添うことができます。今どのステージにいて、これからどこへ向かうのかを意識した関わりこそ、私たちにしかできないプロの仕事です。

一緒に働きませんか?

CHAPTER 4

まとめ
明日の施術を変える重要ポイント

学んだ内容を整理し、自分の現場で確実に実践できる形にしましょう。

13. 重要ポイントと学びの振り返り

■ 本講義の重要ポイント

  • ●パーキンソン病はどの時期でも嚥下障害が起こりやすい。常に疑いの目を持つ
  • ●主な死因の上位は肺炎・窒息・栄養障害。半分以上が「食べること」に関わる
  • ●パーキンソン病の方にはむせない誤嚥が多く、ご本人の自覚も乏しい
  • ●非運動症状は発病の10〜20年前から現れ、リハビリの妨げにもなる
  • ●発症からの年数とヤール分類を把握し、これから起こる症状を予測する
  • ●薬や間接訓練が効きにくいからこそ、姿勢調整と呼吸機能へのアプローチが2本の柱
  • ●円背は舌骨上筋群を伸ばしきり、誤嚥を招く。骨盤を立て、顎を引いた前かがみ姿勢をつくる
  • ●背中に枕を入れるだけで、全介助から自力摂取へ、むせの改善という即時効果が期待できる
  • ●胸郭の柔軟性を高める運動は、体軸捻転法・シルベスター法・肩甲骨ストレッチ・肋間筋のリラクゼーション
  • ●随意的な咳ができるかは、誤嚥性肺炎リスクを見極める簡単で有効な評価
  • ●発声練習は姿勢調整から始め、最初と最後に深呼吸・咳・最長発声を確認して変化を比べる
  • ●ご本人は「大きくしているつもり」。録音、騒音計、動画で見える化し病識を育てる
  • ●これらのアプローチは、誤嚥性肺炎の既往があるすべてのご利用者様に有効

■ 学びの振り返りメモ

次の問いに、自分の言葉で答えられるか確認しましょう。答えに迷った項目は、該当するページを読み返してください。

表20 振り返りの問い

振り返りの問い確認する内容
問い1パーキンソン病の嚥下障害が「命に関わる」と言える理由を、死因の順位を使って説明できますか
問い2不顕性誤嚥とは何か、なぜパーキンソン病の方に多いのかを説明できますか
問い3パーキンソン病の方が痩せていく原因を3つ以上挙げられますか
問い4円背の姿勢がなぜ誤嚥を招くのか、舌骨上筋群という言葉を使って説明できますか
問い5車椅子での姿勢調整の手順を、順番どおりに言えますか
問い6発声練習の最初と最後に、何を確認するか言えますか
問い7今日の学びで、明日の施術から最初に変えることは何ですか

■ 明日の施術で確認すること

表21 ご利用者様の確認ポイント

確認項目具体的な問いかけ
現状の把握発症から何年ですか。ヤール分類は何度ですか
症状の把握どんな運動症状と非運動症状がありますか
咳の力「咳をしてください」で、咳ができますか。「おほん」になっていませんか
声声は小さくありませんか。かすれていませんか。「あー」は何秒続きますか
食事の姿勢円背はありませんか。骨盤は立っていますか。顎は上がっていませんか
食事の内容何を、どのくらい召し上がっていますか
既往歴誤嚥性肺炎の既往はありますか

14. チェック練習表と目標再確認シート

■ チェック練習表

実際に練習して身についたものから、チェック欄に印をつけていきましょう。

表22 チェック練習表

チェック練習項目できている状態の目安
□甲状軟骨の動きを自分で確認ドレミの音階で喉仏が上がるのを感じられる
□深呼吸の誘導ろうそくを吹き消すイメージで、長く吐く声かけができる
□随意的な咳の評価咳と「おほん」の違いを見分けられる
□最長発声の計測秒数を計り、施術の前後で比較できる
□高い声と低い声の発声練習手を上下させて一緒に声を出せる
□グーパー体操ご利用者様に合わせて難易度を変えられる
□体軸捻転法左右各10秒、伸びている側に触れて声かけできる
□シルベスター法呼吸と腕の動きの同期を確認しながら約10回
□肩甲骨の他動的ストレッチ挙上と下制、内転と外転、回旋を順に行える
□肋間筋のリラクゼーション指の腹で優しく揺らせる
□仰向けでの頸部前屈位枕を肩甲骨の後ろまで入れて顎を引けた
□車椅子での姿勢調整お尻を奥へ、タオルで骨盤を立て、背中に枕を入れられる
□頸部のストレッチ肩を固定して側屈、前屈、伸展を各約20秒

■ 目標再確認シート

学びを確実に現場の力へ変えるために、段階ごとの目標を確認しましょう。

表23 目標再確認シート

期間目標達成の目安
明日から担当のパーキンソン病のご利用者様の、発症年数とヤール分類を確認する全員の段階を言える
1週間後随意的な咳と最長発声を評価し、記録する施術前後の変化を数字で示せる
2週間後食事姿勢を観察し、円背や骨盤の傾きを確認する姿勢調整が必要な方を見極められる
1か月後姿勢調整、胸郭ストレッチ、発声練習を一連の流れで実施する迷わず手順どおりに行える
3か月後ご利用者様やご家族に、姿勢と呼吸の大切さを伝えるご家族も食事姿勢を意識してくださる

いつもの施術は、実は嚥下障害を良くする方法でもあります。大切なのは、それを「意識して」行うこと。意識が変われば、観察が変わり、ご利用者様の未来が変わります。

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15. 受講者のコメントと運営スタッフより

■ 受講者のコメント

30代 女性

背中に枕を入れるだけで、全介助だった方がご自分で食べられるようになった事例に本当に驚きました。担当のご利用者様の車椅子姿勢を、明日すぐに確認してみます。

30代 女性

甲状軟骨に触れながらドレミを歌ってみて、声の高さと喉の動きのつながりが体でわかりました。まずは自分で十分に練習してから、ご利用者様と一緒に取り組みたいです。

20代 女性

むせないから大丈夫だと思っていた自分にハッとしました。不顕性誤嚥という言葉を知り、食事の場面を観る目が変わりました。

40代 女性

発症からの年数とヤール分類を意識する大切さが心に残りました。長く寄り添う立場だからこそ、先を見据えた関わりをしていきたいと思います。

30代 男性

普段行っている体軸捻転やストレッチが、呼吸や嚥下の改善につながると知り、施術に自信と目的が持てました。咳の確認もすぐに取り入れます。

運営スタッフより

最後まで熱心に学んでくださり、心より御礼申し上げます。今回は講義に加えて実技を取り入れ、姿勢調整や呼吸へのアプローチを実際に体験していただきました。顎を上げて唾を飲み込んだときの「飲み込みにくさ」は、ご利用者様が毎日感じている現実そのものです。その体感こそが、皆さんの観察力と提案力を何よりも高めてくれると信じています。

皆さんが日々行っている施術は、ご利用者様の「食べる楽しみ」と「命」を守る力を持っています。どうか今日の学びを、明日のお一人おひとりへの関わりに生かしてください。小さな姿勢の工夫ひとつが、ご利用者様の笑顔とご家族の安心につながります。

これからも皆さんと共に学び、成長していけることを楽しみにしております。次回のセミナーでも、現場ですぐに役立つ知識と技術をお届けしてまいります。本日は誠にありがとうございました。

➤【掲載事例について】

本掲載事例は実際のご利用者様の事例をもとに作成しています。個人情報保護のため、画像・氏名・その他個人を特定できる情報はAI加工および匿名化処理を行っています。

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