「なんとなくの経験」を、誰でも再現できる判断に変える_PT202604
迷いをなくし、結果を出すための体系的アプローチ完全ガイド

「なんとなくの経験」を、誰でも再現できる判断に変える。
迷いをなくし、結果を出すための体系的アプローチ完全ガイド
目次
この教科書で身につくこと
臨床の現場では、同じ疾患、同じような状態のご利用者様であっても、担当するスタッフの経験年数によって、評価の視点も介入の内容も大きく変わってしまうことがあります。ベテランスタッフは長年の経験から自然と正しい判断ができますが、その判断の理由を新人スタッフに言葉で説明することは簡単ではありません。
本教科書では、「誰が行っても同じ結果を導くための思考の地図」であるフローチャートの考え方を体系的に整理し、経験年数に関わらず一定水準の判断ができるようになることを目指します。
臨床現場で起きている「迷い」という課題
例えば、圧迫骨折によって寝たきりに近い状態になってしまった方について、ご家族から「以前のように、お部屋の中だけでも歩けるようにしてほしい」という要望を受けたとします。経験のあるスタッフであれば、いくつかの手順を思い浮かべ、おおよその見通しを立てることができます。しかし、経験の浅いスタッフにとっては、どこから手をつければよいのか見当がつかず、頭が真っ白になってしまうことも少なくありません。
明確な指針がないまま現場に立たされると、「とりあえずマッサージをしておこう」というように、本来の目標(歩けるようになりたい)とはズレた対応で時間を使ってしまうことがあります。これは新人スタッフだけの問題ではなく、明文化された判断基準がないこと自体が原因です。
なぜ同じ結果にたどり着けないのか
経験豊富なスタッフの頭の中では、問診・動作分析・身体機能評価・仮説立案・介入・考察という一連の思考が自然に行われています。しかし、この思考のプロセスは頭の中にあるだけで、言葉として外に出ていないことがほとんどです。そのため、新人スタッフはベテランの「やっていること」は見えても、「なぜそれをやっているのか」という思考の理由までは見えません。この差が、現場での迷いや対応のばらつきを生み出す最大の原因です。
この思考のプロセスを明文化し、誰もがたどれる手順として示したものが、フローチャートです。次の章から、その具体的な考え方を見ていきます。
フローチャート(アルゴリズム)とは何か
フローチャートとは、評価によって見えてきた問題に対し、あらかじめ定められた判断基準に沿って、複数ある介入方法の中から適切なものを選び取っていく思考の手順です。基準がプラスであればAの介入へ、マイナスであればBの介入へ、というように進んでいき、その結果をもとに改善を目指します。医療やリハビリテーションの領域では、これを「アルゴリズム」と呼ぶこともあります。
この手順に沿って評価・介入を行えば、経験年数に関わらず、誰であってもおおむね同じような結論にたどり着けるようになります。これがフローチャートの最大の価値です。
評価の正確性・再現性という壁
ただし、フローチャートさえあれば誰でも同じ結果を出せるかというと、そこには落とし穴があります。例えば、股関節の可動域が90度に届くかどうかを確認する場面ひとつをとっても、関節を正しく操作できているかどうかには、経験による差が出てしまいます。
フローチャートは「何を評価し、どう判断するか」という手順を示すものであり、評価そのものの精度を保証するものではありません。フローチャートの手順を覚えることと同時に、ひとつひとつの評価技術の正確性・再現性を高めるトレーニングも欠かせないという点を、必ず押さえておいてください。
動作の7段階という考え方
フローチャートの基礎となるのは、動作を段階的に捉える考え方です。動作は、一番レベルの低いものから順に、以下のようなステップに分かれています。
| 段階 | 動作 |
|---|---|
| 1 | 臥位(寝ている姿勢) |
| 2 | 寝返り |
| 3 | 起き上がり |
| 4 | 座位保持 |
| 5 | 立ち上がり |
| 6 | 立位保持 |
| 7 | 歩行 |
この段階を意識することで、「次に目指すべき動作は何か」という優先順位が明確になります。ただし、疾患によってはこの順序どおりに難易度が並ばないケースもあります。例えば神経疾患のある方では、座位保持よりも歩行のほうが先に安定するということも起こり得ます。あくまで基本の目安として捉え、疾患ごとの特性は個別に考慮する必要があります。
座位保持フローチャートの全体像
今回は、動作の中でも特に基本となる「座位保持」を例に、フローチャートの具体的な使い方を見ていきます。座位保持のフローチャートは、以下の3段階で構成されています。
| 段階 | チェック内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 第一段階 | 指示なしで座位を30秒保持できるか | 可否のふるい分け |
| 第二段階 | 股関節・膝関節・足関節の可動域制限の有無 | 可動域の問題か見極める |
| 第三段階 | 股関節・膝関節・足関節・頸部・体幹の筋力(MMT) | 筋力の問題か見極める |
第一段階:座位保持30秒テスト
まず確認するのは、指示のない状態で、背もたれやベッド柵に頼らず30秒間座位を保持できるかどうかです。背もたれに寄りかかっている状態や、常に手をついている状態は合格に含めません。この基準をクリアできれば「可」、できなければ「不可」として第二段階に進みます。
評価の基準は、あくまで「できたか、できなかったか」というシンプルな線引きにとどめることが大切です。姿勢の細かな質(頭部の傾き、脊柱の丸まり等)まで基準に含めてしまうと、評価者ごとの解釈の差が大きくなり、フローチャート本来の「誰が行っても同じ判断ができる」という利点が失われてしまいます。細かな観察はあくまで応用として、経験を積みながら加えていきましょう。
第二段階:関節可動域(ROM)チェック
座位保持が「不可」だった場合に確認するのが、関節可動域の制限です。判定基準は以下の通りです。
- 股関節屈曲 90度以上
- 膝関節屈曲 90度以上
- 足関節背屈 0度以上
これらすべてを満たしていれば「可動域制限なし」、ひとつでも満たしていなければ「可動域制限あり」と判定し、それぞれの関節に応じたアプローチへと進みます。逆に、可動域制限がないにもかかわらず座位保持ができない場合は、原因が可動域以外にあると考え、第三段階へと進みます。
第三段階:筋力(MMT)チェック
可動域制限を改善しても座位保持ができない場合、あるいは可動域制限がそもそもない場合には、筋力低下を疑い、以下のMMT(徒手筋力テスト)を確認します。
| 部位 | 確認する動き | 基準値 |
|---|---|---|
| 股関節 | 屈曲・外転・内転 | MMT3以上 |
| 膝関節 | 屈曲・伸展 | MMT3以上 |
| 足関節 | 底屈・背屈 | MMT2以上 |
| 頸部 | 頸部伸展 | MMT3以上 |
| 体幹 | 腹筋群 | MMT3以上 |
これらすべてを満たしていなければ「筋力低下あり」と判定し、該当する部位の筋力トレーニングを実施します。可動域制限も筋力低下もないにもかかわらず座位保持ができない場合は、座位そのものの反復練習に加えて、あえて一段階上の立ち上がりや立位の練習を取り入れることで、座位が定着しやすくなることもあります。
フローチャートを使う3つの利点
フローチャートを現場に取り入れることで得られる利点は、大きく3つに整理できます。
| 利点 | 内容 |
|---|---|
| 標準化 | 経験年数や知識の差に関わらず、論理的で一定水準の判断が可能になる |
| 見落とし防止 | 評価の抜けや漏れを防ぎ、優先順位を明確にできる |
| 説明責任 | 今後の見通しをご家族やケアマネジャーへわかりやすく説明できる |
見落とし防止とリスク管理の実際
優先順位が不明確なまま介入を進めると、遠回りが生まれてしまいます。例えば、まず可動域練習を行い、うまくいかなかったので次に筋力トレーニングに切り替えたところ改善した、というケースを考えてみましょう。もし最初から「痛みを優先しすぎると運動への移行が遅れる」「可動域の問題は即時効果で判断できる」といった優先順位の知識があれば、最初のアプローチの段階でやり直しの時間を減らすことができたはずです。
可動域に対するアプローチが合っているかどうかは、その日のうちに得られる即時効果で判断できることが多いといわれています。アプローチ後にわずかでも角度が改善していれば、その方向性は間違っていない可能性が高いと考えてよいでしょう。一方で筋力については、体力・性別・年齢など影響する要因が多く、即時効果だけで単純に判断することは難しいため注意が必要です。
また、フローチャートに沿って評価の抜けや漏れを防ぐことは、疾患に伴う重大なリスクの見落としを防ぐことにもつながり、医療事故や訴訟リスクを抑えるという観点でも重要な意味を持ちます。
ご家族・ケアマネジャーへの説明責任という効果
フローチャートは、旅行の行程表のようなものだと考えるとイメージしやすくなります。何時の新幹線に乗り、何時に到着し、そこで何をするのか、という計画があるからこそ、旅行者は安心して行動できます。リハビリテーションも同様に、「今はこういう状態なので、まずこれを評価し、こういう結果であればこのアプローチを行います。その後はこのくらいの期間で座れるようになる見込みです」というように、道筋を示しながら説明できることで、ご本人やご家族に大きな安心感を与えることができます。
こうした説明が丁寧にできることは、目の前のご利用者様への信頼づくりであると同時に、次のご紹介にもつながるという意味で、経営的な視点からも大きな価値を持ちます。
運用時の注意点:個別性への配慮
フローチャートはあくまで思考の地図であり、ガイドです。全体像を把握するためのものであるため、痛みや恐怖心、服薬状況といったお一人おひとりの個別性までは反映されていません。旅行の行程表が天候や事故によって変更を迫られるように、フローチャートも状況に応じて柔軟に調整する視点が欠かせません。
フローチャートが100パーセントすべてを解決してくれるわけではありません。個別性を汲み取り、状況に応じて調整していく部分にこそ、セラピスト一人ひとりの経験とセンスが生きてきます。フローチャートを「考えなくてよいことは考えない」ための土台として活用しながら、本当に考えるべき個別の部分に、より多くの意識を向けられるようにしていきましょう。
今日から使える振り返りワーク
本講義の重要ポイント
- フローチャートとは、誰が行っても同じ結果を導くための「思考の地図」である
- フローチャートがあっても、評価そのものの正確性・再現性を高める努力は欠かせない
- 動作は臥位→寝返り→起き上がり→座位保持→立ち上がり→立位→歩行の順で捉えるのが基本
- 座位保持の判定は「座位保持30秒」→「可動域」→「筋力」の順に進める
- フローチャートの利点は「標準化」「見落とし防止」「説明責任」の3つに整理できる
- 可動域アプローチの妥当性は、その日の即時効果で判断できることが多い
- フローチャートはあくまでガイドであり、痛み・恐怖心などの個別性は別途配慮する
学びの振り返りメモ
本日の講義を振り返り、次の問いについてご自身の言葉で整理してみましょう。
Q1. 今日担当しているご利用者様の中で、座位保持フローチャートのどこに当てはまりそうか
Q2. これまで優先順位に迷ってしまった場面はどこだったか
Q3. ご家族やケアマネジャーへの説明で、今日から取り入れたいことは何か
チェック練習表
以下の項目について、現場で実践できるレベルまで理解できているか、ご自身で確認してみましょう。
- フローチャートが「思考の地図」であることを人に説明できる
- 動作の7段階を順番に説明できる
- 座位保持フローチャートの3段階(座位保持・可動域・筋力)を説明できる
- 可動域と筋力、それぞれの判定基準を覚えている
- フローチャートを使う3つの利点を説明できる
- フローチャートの限界(個別性への配慮の必要性)を理解している
目標再確認シート
今月、担当ご利用者様に対して取り組みたい目標
そのために、次回のセミナーまでに確認しておきたいこと
受講者の声
なぜフローチャートが必要なのか、その背景から理解できたので、単なる手順の暗記ではなく、自分の頭で考えて使えるようになった気がします。
今まで優先順位がわからず遠回りしてしまうことが多かったので、可動域を即時効果で判断するという考え方がとても実践的で助かりました。
ご家族への説明を旅行の行程表に例えていただいたのがとてもわかりやすく、明日からの説明の仕方が変わりそうです。
動作の7段階という考え方を知り、今まで漠然と見ていた動作を整理して捉えられるようになりました。新人指導にもすぐに使いたいです。
フローチャートはあくまでガイドであり、個別性を考慮する部分にこそ経験が生きるという話に納得しました。標準化と個別対応のバランスを意識していきたいです。
運営スタッフより
本日はご多用の中、多くの皆様にご参加いただき、誠にありがとうございました。フローチャートという「思考の地図」を通じて、日々の臨床判断を言葉にして共有することの大切さを、あらためて感じていただけたのではないかと思います。
今後も、経験年数に関わらず一定水準の支援を提供できる組織を目指し、より実践的な学びの機会をお届けしてまいります。皆様の日々の実践が、ご利用者様お一人おひとりの安心と回復につながることを心より願っております。今後とも変わらぬご参加、ご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。
— 研修運営事務局
本掲載事例は実際のご利用者様の事例をもとに作成しています。個人情報保護のため、画像・氏名・その他個人を特定できる情報はAI加工および匿名化処理を行っています。
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