「なぜ立てないのか」が見える人だけが、本当の自立支援ができる_PT202603
現場で迷わない3段階判定法と、明日から実施できる介入テクニック完全ガイド

「なぜ立てないのか」が見える人だけが、本当の自立支援ができる。
現場で迷わない3段階判定法と、明日から実践できる介入テクニック完全ガイド
目次
「立ち上がれない」という課題に、私たちはどう向き合うべきか
介護・リハビリの現場では、施設をご利用される方が年々増えており、日常生活に必要な「座る」「立つ」「動く」といった基本動作に困りごとを抱える方への支援ニーズは、今もなお高まり続けています。特に季節の変わり目で体調を崩しやすい時期には、生活動作の土台となる「立ち上がり動作」を安定させることが、その後のADL(日常生活動作)全体の質を大きく左右します。
立ち上がり動作は、移乗・歩行・排泄・入浴など、あらゆる生活動作の入口にあたる、いわば「動作の玄関口」です。ここでつまずいてしまうと、その先の生活動作すべてに介助が必要になり、ご本人の自立度だけでなく、介助をするご家族やスタッフの負担も大きくなっていきます。
本当に押さえるべき問いかけ
現場でよくあるのが、「筋力がないから立てない」という思い込みだけで介入を組み立ててしまうケースです。しかし実際には、筋力以前の問題として、関節がそもそも「立つために必要な角度」まで動いていないケースが数多く存在します。
「筋力トレーニングをしても立ち上がりが改善しない」という壁にぶつかったときは、まず関節可動域を疑ってください。可動域が確保されていない状態でのトレーニングは、効果が出にくいだけでなく、代償動作を助長してしまうこともあります。
本教科書では、新人であってもベテランであっても同じ基準で、同じように評価・介入方針を立てられるようになることを目的とした「3段階判定アルゴリズム」を、実技を交えながら丁寧に解説していきます。判断の個人差をなくし、チーム全体の支援の質を底上げすることが、このアルゴリズムの一番の狙いです。
廃用症候群アルゴリズム3段階判定法
「立ち上がれない」原因を正しく見極めるために、以下の3段階で評価を行います。段階を追って調べていくことで、感覚や経験に頼らず、誰が評価しても同じ結論にたどり着けるようになっています。
| 段階 | チェック内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 第一段階 | 指示なしで座位を30秒保持できるか | 可否のふるい分け |
| 第二段階 | 股関節・膝関節・足関節の可動域制限の有無 | 可動域の問題か見極める |
| 第三段階 | 股関節・膝関節・足関節・頸部・体幹の筋力(MMT) | 筋力の問題か見極める |
第一段階:座位保持30秒テスト
まず確認するのは、何も持たず、指示を出さない状態で30秒間座位を保持できるかどうかです。これができれば「可」、できなければ「不可」として、次の段階に進みます。ここでの合否は、あくまで「立ち上がり動作につながる土台があるかどうか」を見るための、最初のふるい分けです。
なぜ「30秒」なのか、その意味を理解する
「なぜ10秒ではダメで、30秒なのか」という疑問を持つ方も多いはずです。これは、30秒間、指示なく座位を保持できるということが、次の動作(立ち上がり・移乗・食事など)につながりやすい持続的な姿勢制御能力の目安になるためです。
指示なく30秒座れるということは、抗重力筋(体幹や背部の筋群)がある程度持続的に働いている状態と考えられます。この能力が備わっていると、立ち上がり動作の成功率が高くなりやすく、介助量も減らしやすいことが経験的にわかっています。逆に、30秒はクリアしていても、重心が大きく後方へ流れてしまう、何かに掴まっていないと保持できないなど、明らかに不安定さが見られる場合は、この基準の対象には含めません。
基準を細かく設定しすぎると、現場での運用が難しくなり、かえって判断が複雑になってしまいます。「指示なしで30秒、次の動作につながる座位が取れているか」を、ご自身の目でシンプルに判断できるようになることを目指しましょう。
第二段階:関節可動域(ROM)チェック
座位保持が「不可」だった場合に確認するのが、関節可動域の制限です。判定基準は以下の通りです。
- 股関節屈曲 90度以上
- 膝関節屈曲 90度以上
- 足関節背屈 0度以上
これらすべてを満たしていれば「可動域制限なし」、ひとつでも満たしていなければ「可動域制限あり」と判定します。
股関節・膝関節が片側だけ基準を満たしていても、判定は「不可」としましょう。片側だけ可動域が確保されている状態で立ち上がろうとすると、動作の型がひとつのパターンに限定されてしまい、環境が変わったときに自立した動作ができなくなるリスクが高まります。
可動域制限があるということは、そもそも「座るために必要な関節の可動範囲」が確保できていないということであり、これは筋力やバランス、立ち直り反応を考える以前の問題です。まずこの事実を、チーム全体で共通認識として持っておくことが重要です。
可動域制限の判定基準まとめ表
| 部位 | 合格基準 | 不合格の場合に疑うこと |
|---|---|---|
| 股関節 | 屈曲90度以上(両側) | 腸腰筋・大腿直筋の短縮 |
| 膝関節 | 屈曲90度以上(両側) | ハムストリングス・大腿脂肪体の癒着 |
| 足関節 | 背屈0度以上 | 下腿三頭筋の短縮、代償動作 |
第三段階:筋力(MMT)チェック
可動域制限がない、あるいは可動域制限への介入によって基準値まで改善できたにもかかわらず、依然として指示なしでの30秒座位保持ができない場合は、筋力低下を疑い、以下のMMT(徒手筋力テスト)を確認します。
| 部位 | 確認する動き | 基準値 |
|---|---|---|
| 頸部 | 頸部伸展 | MMT3以上 |
| 体幹 | 腹筋群 | MMT3以上 |
| 股関節 | 屈曲・外転・内転 | MMT3以上 |
| 膝関節 | 屈曲・伸展 | MMT3以上 |
| 足関節 | 底屈・背屈 | MMT2以上 |
これらすべてを満たしていなければ「筋力低下あり」と判定し、次の対策編で紹介する筋力強化トレーニングを実施していきます。
現場で使える介入テクニック実践編
ここからは、判定結果に応じた具体的な介入方法を、部位別に解説していきます。いずれも特別な器具を必要とせず、対面での声かけと手の誘導だけで実施できる方法です。
股関節へのアプローチ(腸腰筋・大腿直筋)
股関節が90度屈曲まで届かない方には、まず腸腰筋と大腿直筋の柔軟性(滑走性)を改善するアプローチを行います。
腸腰筋ストレッチ
骨盤と腰椎をしっかり固定した状態で、股関節を伸展させて腸腰筋を伸ばします。このとき最も注意すべきポイントは、腰椎が反ってしまわないことです。腸腰筋が硬い方ほど、股関節を伸展しようとした際に腰椎が過度に前弯し、結果としてストレッチ効果が薄れてしまいます。そのため、反対側の脚をなるべく深く屈曲させ、骨盤を後傾方向に保ちながら行うことがコツです。ゆっくりとした「曲げる・伸ばす」の反復動作を、掛け声を工夫しながら行うと、動きのイメージが伝わりやすくなります。
掛け声は「曲げて・伸ばして」だけでなく、「抱えて・決定」「前に行って・戻る」など、複数のバリエーションを用意しておきましょう。同じ動きでも、言葉の受け取り方は人によって異なります。相手の反応を見ながら、その方にフィットする言葉を見つけることが、経験を積む中で磨かれていく大切なスキルです。
大腿直筋の滑走性改善
大腿直筋の深層には脂肪組織があり、この組織と筋肉が癒着することで、筋肉が本来のようにきれいに折り重なって縮むことができなくなります。カーテンやアコーディオンをイメージするとわかりやすいのですが、開閉する部分に何かが挟まっていると、きれいに収まらず、いびつな形になってしまいます。これと同じことが股関節周囲の筋肉でも起こります。
対応としては、大腿直筋の付着部付近を軽い力(本人の力の1〜2割程度)で保持しながら、膝の屈伸をゆっくり繰り返し、筋肉が滑走する感覚を作っていきます。
呼吸を使ったアプローチ(胸郭からの波及)
股関節そのものが硬く動きにくい方には、まず呼吸に合わせた胸郭の動きから介入する方法も有効です。胸郭の隣接関節は股関節であるため、胸郭の動きを引き出すことで、股関節にも波及効果が期待できます。ゆっくりと大きく息を吐き切ってもらうと、自然と骨盤が後傾する動きが引き出され、これを繰り返すことで骨盤の可動性が高まっていきます。
骨盤を動かして角度をつくるという発想
股関節そのものを90度まで動かそうとするのではなく、骨盤側を動かすことで相対的に90度をつくるという発想も非常に有効です。大腿骨だけを動かそうとすると難しい方でも、骨盤を前傾させることで、結果的に必要な角度を確保できることが多くあります。この考え方は、そのまま次の立ち上がり動作の練習にもつながっていきます。
膝関節へのアプローチ(ハムストリングス・脂肪体)
膝関節が90度まで曲がらない方には、以下の3つのアプローチを組み合わせます。
- ハムストリングス(特に内側の半膜様筋)を伸長させながらスライドさせる
- 大腿直筋の下にある脂肪体の癒着を剥がすようにアプローチする
- 膝関節を屈曲させながら、外側広筋がしっかり後方へ滑り込むよう誘導する
実施の際は、伸ばした状態からゆっくり曲げていき、「曲げる・スライドさせる」を繰り返します。膝を曲げる練習をする際は、つま先の向きを正面に整えた状態で行うことがポイントです。
足関節へのアプローチ(背屈・代償動作の見極め)
下腿三頭筋のストレッチは、多くの現場ですでに実施されていると思いますが、ここで押さえておきたいポイントは膝関節を伸展位・屈曲位の両方で行うということです。伸展位では腓腹筋、屈曲位ではヒラメ筋と、それぞれ選択的にストレッチできる筋が異なるため、どちらも行うことで効果的に柔軟性を高められます。
荷重下での背屈練習が重要な理由
足関節の背屈運動を非荷重(体重をかけない状態)で行っても、次の立ち上がり動作にはつながりにくいという特徴があります。立ち上がりや歩行の場面で必要になるのは、体重をかけた状態でどれだけ背屈が出るかです。そのため、非荷重での可動域を確認したうえで、実際に体重をかけながら背屈を引き出す練習を必ず組み合わせましょう。
荷重をかけて背屈を促す際、背屈が出にくい方は、足部を外転させて距骨下関節の動きで代償しようとすることがあります。これは相対的に見ると内股(内側への傾き)と同じ状態を作ってしまうため、膝が内側に入っていないかだけでなく、足部が外側に開いていないかもあわせて確認してください。
筋力低下へのアプローチ(頸部・体幹・下肢)
可動域の問題を解消してもなお、指示なしでの30秒座位保持が難しい場合は、以下のトレーニングを部位別に行います。
| 部位 | トレーニング内容 |
|---|---|
| 頸部伸筋 | ヒップリフトをしながら視線をやや上方に誘導し、自然に顎が上がる動きを利用して頸部伸筋を働かせる |
| 股関節屈筋・外転筋 | 側臥位での股関節外転運動、開排位からのヒップリフトによる外転筋強化 |
| 体幹(腹筋群) | 「タイトなパンツを履くようにお腹を締める」意識をしながらのブリッジ運動 |
| 大腿四頭筋 | 座位での下肢伸展運動(対象者の体力に応じて実施可否を判断) |
| 下肢全体の協調性 | 正しい方向へのキッキング運動(誤った方向への蹴り出しに注意) |
キッキング運動では、股関節の外旋筋群が弱い方ほど、意図しない方向へ脚が流れてしまう傾向があります。ただ回数をこなすのではなく、正しい方向に動かせているかを都度確認しながら実施することが、トレーニング効果を高めるポイントです。
頸部・体幹の強化と並行して、座位のまま重心を左右に移動させる練習も取り入れると、次の立ち上がり動作へスムーズにつなげることができます。最初のうちは介助者が肩や骨盤を軽く支えながら誘導し、徐々に自身の力で重心移動ができるように促していきましょう。
今日から使える振り返りワーク
本講義の重要ポイント
- 立ち上がり動作は、生活動作全体を支える「動作の玄関口」である
- 判定は「第一段階:座位保持30秒」→「第二段階:可動域」→「第三段階:筋力」の順に行う
- 可動域制限は、筋力やバランスを考える以前の問題として最優先で確認する
- 股関節・膝関節は片側のみの合格は不可と判定し、両側で基準を満たすことを目指す
- 足関節の背屈は、非荷重ではなく荷重下での評価・練習が重要である
- 代償動作(腰椎の反り、足部の外転など)が出ていないか、常に観察する
- 可動域が確保されてもなお座位保持ができない場合に、初めて筋力低下を疑う
学びの振り返りメモ
本日の講義を振り返り、次の問いについてご自身の言葉で整理してみましょう。
Q1. 今日担当しているご利用者様の中で、3段階アルゴリズムのどこに当てはまりそうか
Q2. 明日から実践してみたいアプローチはどれか
Q3. 今日の内容で、もう一度確認しておきたい点
チェック練習表
以下の項目について、現場で実践できるレベルまで理解できているか、ご自身で確認してみましょう。
- 座位保持30秒テストの実施方法と合否基準を説明できる
- 股関節・膝関節・足関節、それぞれの可動域合格基準を覚えている
- 腸腰筋・大腿直筋のストレッチを、腰椎の代償を防ぎながら実施できる
- 足関節背屈は荷重下で評価する必要があることを理解している
- MMTによる筋力チェックの基準値を説明できる
- 頸部・体幹・下肢の筋力強化トレーニングを、それぞれ一つ以上実演できる
目標再確認シート
今月、担当ご利用者様に対して取り組みたい目標
そのために、次回のセミナーまでに確認しておきたいこと
受講者の声
今まで「筋力がないから立てない」と決めつけていたご利用者様が何人もいたことに気づかされました。可動域から見直すという視点を、明日からすぐに取り入れたいです。
片側だけ基準を満たしていても不可と判定する理由がとても腑に落ちました。動作の多様性という考え方は、他の場面でも意識していきたいと思います。
足関節の評価を荷重下で行うという発想がなく、今までの評価方法を見直すきっかけになりました。実技を交えて教えていただけたので、イメージがしっかり掴めました。
掛け声のバリエーションを増やすという視点が新鮮でした。ご利用者様一人ひとりに合わせた声かけの引き出しを、これからもっと増やしていきたいです。
アルゴリズムに沿って考えることで、経験年数に関わらずチームで同じ判断ができる安心感を感じました。新人スタッフの教育にもぜひ活用したいです。
運営スタッフより
本日はご多用の中、多くの皆様にご参加いただき、誠にありがとうございました。実技を交えた体験型のセミナーを通じて、判断基準を「感覚」ではなく「共通言語」として持ち帰っていただけたことと思います。
今後も、現場ですぐに実践できる知識と技術をお届けできるよう、内容のさらなる充実を図ってまいります。皆様のご活躍が、ご利用者様お一人おひとりの「立ち上がる力」を支える大きな力になると信じております。今後とも変わらぬご参加、ご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。
— 研修運営事務局
本掲載事例は実際のご利用者様の事例をもとに作成しています。個人情報保護のため、画像・氏名・その他個人を特定できる情報はAI加工および匿名化処理を行っています。
ALSOKケアプラスでは、セミナー受講者向けの施術プログラムを中心に、実践的な学びを提供しています。
WEBセミナーの参加や施術・セミナー動画の観覧は、弊社とご契約いただいた方限定となります。
ALSOKケアプラスのセミナーは無料で受講可能です。
まずは下記のバナーからご確認ください。
過去のセミナー動画や資料は、配信メールに記載の「WEBセミナーお申込みフォーム」から閲覧登録が可能です。


