「飲み込む力」が命を守る廃用症候群の嚥下障害完全攻略ガイド【S-pro企画】
― 老化・廃用・サルコペニア・オーラルフレイルを正しく理解し、誤嚥性肺炎ゼロを目指すプロのための実践研修 ―

廃用症候群の嚥下障害
完全攻略ガイド
- 01老化と廃用症候群の違いを理解しよう
- 02廃用症候群が引き起こす主な症状
- 03「廃用」に代わる新しい概念の登場
- 04サルコペニアとは何か
- 05サルコペニアのスクリーニング方法
- 06フレイルの定義と健康寿命との関係
- 07オーラルフレイルとその重大な意味
- 08摂食嚥下障害の5期モデル
- 09誤嚥と誤嚥性肺炎のしくみ
- 10嚥下関連筋群のサルコペニアとは
- 11現場で使えるチェックポイントABC
- 12実践的な嚥下訓練メニュー
- 13サルコペニア性嚥下障害への対策3本柱
- 14本講義の重要ポイントまとめ
- 15学びの振り返り・チェック練習・目標再確認
「廃用」は現場に潜む見えないリスク
「うちのご利用者様、最近食べる量が減ったかな…」
こんな場面に心当たりはありませんか。それはただの食欲低下ではなく、嚥下機能の静かな低下が始まっているサインかもしれません。訪問の現場では、ご利用者様の変化にいち早く気づき、適切な対応をとることが、生命に直結する重大な課題です。
嚥下障害を取り巻く厳しい現実
- 誤嚥性肺炎は、日本人の死因第3位に入る重大疾患
- 高齢者の誤嚥の多くは「静かな誤嚥」で、本人も気づかない
- 廃用症候群による嚥下筋の低下は、進行に気づかれにくいという特徴がある
- オーラルフレイルを放置すると、死亡リスクが2倍以上増加すると報告されている
01老化と廃用症候群の違いを正しく理解する
まず、現場でよく混同される「老化」と「廃用」の違いを整理しましょう。この2つは似ているようで本質が異なります。
| 比較項目 | 老化 | 廃用症候群 |
|---|---|---|
| 定義 | 加齢とともに心身機能が自然に低下すること | 病気や安静により「動かないこと」で機能が低下すること |
| 別名 | 加齢変化 | 生活不活発病・低活動症候群 |
| 原因 | 時間経過 | 不動・不活動 |
| 回復の可能性 | 基本的に改善しない | 改善の可能性あり |
| 重症度の数値化 | 困難 | 困難 |
老化は「遅らせること」はできても「改善すること」はできません。一方、廃用は適切なリハビリと生活環境の改善によって回復できる可能性がある点が大きな違いです。早期発見・早期対応が鍵を握ります。
02廃用症候群が引き起こす主な症状
廃用症候群は「身体機能の低下」だけでなく、精神・神経・内臓機能にまで広く影響します。
| カテゴリ | 主な症状 |
|---|---|
| 筋・骨格系 | 廃用性筋萎縮・関節拘縮・骨萎縮 |
| 循環器系 | 心機能低下・起立性低血圧・血栓塞栓症 |
| 消化器系 | 逆流性食道炎・食欲低下 |
| 嚥下・呼吸系 | 誤嚥性肺炎 |
| 泌尿器系 | 尿路感染症 |
| 皮膚系 | 褥瘡 |
| 精神・認知系 | うつ状態・せん妄・見当識障害 |
| 神経系 | 圧迫性末梢神経障害 |
誤嚥性肺炎は廃用症候群の症状のひとつです。寝たきりや活動量の低下によって嚥下に関わる筋力が弱まり、食物が気管に入りやすくなります。「食事中にむせる」という目に見えるサインだけでなく、気づかぬうちに進行する不顕性誤嚥として現れることが多く、特に注意が必要です。
概念を正しく整理する
03「廃用」に代わる新しい概念の登場
近年、学術・臨床の場では「廃用症候群」という言葉に代わり、より具体的・数値化可能な新しい概念が使われるようになりました。
| 用語 | 意味 | 特徴 | 臨床での使用頻度 |
|---|---|---|---|
| フレイル | 心身全体の虚弱状態。要介護の一歩手前 | 身体・精神・社会性の3要素を含む | やや少ない |
| ロコモティブシンドローム | 骨・筋肉・関節など運動器の低下 | 主に整形外科領域で使用 | 少ない |
| サルコペニア | 筋肉量・筋力の低下 | 診断基準・数値化が明確。嚥下障害とも関連 | 多い・重要 |
フレイルという大きな枠の中にロコモティブシンドロームがあり、さらにその中心に筋力低下に特化したサルコペニアがあるとイメージすると整理しやすくなります。
04サルコペニアとは何か — 嚥下障害との深いつながり
サルコペニアとはギリシャ語で「サルコ(筋肉)+ペニア(減少)」を意味します。加齢や不活動によって筋肉量・筋力が低下した状態で、全身の筋力低下は嚥下に関わる筋群にも及びます。
| 診断の指標 | 基準 | 日常での目安 |
|---|---|---|
| 握力 | 男性:26kg未満 / 女性:18kg未満 | ペットボトルのふたが開けられない |
| 歩行速度 | 毎秒1m未満 | 横断歩道を青信号のうちに渡れない |
| 筋肉量 | 下腿周囲径の減少 | 指輪っかテストで隙間ができる |
05サルコペニアのスクリーニング方法 — 現場で今日からできる3つのテスト
| テスト名 | 方法 | 判定基準 |
|---|---|---|
| 指輪っかテスト | 両手の親指と人差し指で輪っかを作り、利き足でないほうのふくらはぎを囲む | 隙間ができる → サルコペニアの疑い |
| 開眼片足立ちテスト | 床から片足を約5cm上げて立つ。両手は腰に当て、目を開けたまま行う | 8秒以上キープできない → サルコペニアの疑い |
| 5回椅子立ち上がりテスト | 高さ約45cmの椅子に腰掛け、両手を胸でクロス。立ったり座ったりを5回繰り返す | 10秒以上かかる → サルコペニアの疑い |
「ちょっと筋力チェックしてみましょうか?」という声かけで自然に導入できます。転倒防止のため必ず介助できる体勢で実施しましょう。
「SARC-F」スクリーニング質問票
| 質問 | 0点 | 1点 | 2点 |
|---|---|---|---|
| 4.5kgの荷物を運ぶのはどれくらい難しいですか? | 難しくない | 少し難しい | とても難しい・できない |
| 部屋の中を歩くのはどれくらい難しいですか? | 難しくない | 少し難しい | とても難しい・できない |
| 椅子やベッドから立ち上がるのはどれくらい難しいですか? | 難しくない | 少し難しい | とても難しい・できない |
| 10段の階段を上がるのはどれくらい難しいですか? | 難しくない | 少し難しい | とても難しい・できない |
| 過去1年間に何回転倒しましたか? | なし | 1〜3回 | 4回以上 |
合計4点以下でサルコペニアの疑いあり。アセスメントに活用できます。
06フレイルの定義と健康寿命との関係
フレイルとは「虚弱」を意味し、健康と要介護の狭間にある状態を指します。重要なのは、フレイルは改善できるという点です。
| フレイルの種類 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 身体的フレイル | 筋力低下・体重減少・疲労感・歩行速度低下・身体活動量低下 |
| 精神・心理的フレイル | 認知機能の低下・うつ状態・意欲の減退 |
| 社会的フレイル | 孤独・閉じこもり・人との交流の減少 |
イレブンチェック 判定基準
11項目中、該当数で判定します。
07オーラルフレイルとその重大な意味
オーラルフレイルとは「お口の機能のちょっとした衰え」のこと。「むせる」「食べこぼす」「滑舌が悪くなった」といった小さなサインが積み重なった状態です。
なぜオーラルフレイルがそれほど重要なのか
- 身体的フレイルになるリスクが約2倍増加
- サルコペニアになるリスクも約2倍増加
- 要介護認定を受けるリスクも約2倍増加
- 死亡リスクが2倍以上増加することが複数の研究で報告されている
オーラルフレイルのスクリーニング
| 質問 | 疑いとなる回答 |
|---|---|
| 自分の歯は何本ありますか? | 19本以下 |
| 半年前と比べて硬いものが食べにくくなりましたか? | はい |
| お茶や汁物などでむせることがありますか? | はい |
| 口の渇きが気になりますか? | はい |
| 普段の会話で言葉がはっきり発音できないことがありますか? | はい |
2項目以上に該当するとオーラルフレイルの疑いがあります。
オーラルフレイルは嚥下障害の一歩手前の状態です。このステージで適切な介入を行えば改善が可能です。気づき、行動することが、私たちの最も重要な役割です。
オーラルフレイルの悪循環サイクル
08摂食嚥下障害の5期モデル — どこでつまずいているかを見極める
| ステージ | 内容 | 問題が起きたときの症状例 |
|---|---|---|
| 先行期 | 食べ物を認識し、食べる意欲をもつ段階 | 食欲不振・認知機能低下・覚醒不良 |
| 準備期 | 口に取り込み、噛んで食塊を形成する段階 | 入れ歯が合わない・顔面や舌の麻痺 |
| 口腔期 | 舌を使って食塊を咽頭へ送り込む段階 | 舌の麻痺・筋力低下 |
| 咽頭期 | 嚥下反射が起き、気管に入らないよう喉頭が閉鎖する段階 | 誤嚥が起きやすい |
| 食道期 | 食塊が食道から胃へ送られる段階 | 逆流性食道炎・食道入り口が開きにくい |
09誤嚥と誤嚥性肺炎のしくみ — 見逃してはいけないサイン
食べ物のルートは「食道」、空気のルートは「気管」です。「誤嚥」とは、食べ物や液体が食道ではなく気管に入ることを指します。
現場で気づくべき誤嚥のサイン
| 場面 | 気づくべきサイン |
|---|---|
| 食事中 | むせ・湿性嗄声・食べる速度が遅い・疲れやすい |
| 食後 | のどのゴロゴロ感・咳が増える・痰が増える |
| 生活全般 | よく熱が出る・食事量が減った・口の中が乾燥している |
| 特に注意 | サインなしで誤嚥する不顕性誤嚥 — 夜間や睡眠中に多い |
10嚥下関連筋群のサルコペニア — 最新の知見が示す「新しい原因」
かつて嚥下障害の原因は「脳卒中・パーキンソン病などの疾患」または「老化」とされていました。しかし近年、嚥下に関わる筋群の筋力低下そのものが原因であるという考え方が広まっています。
| タイプ | 経過 | 代表的な原因 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 急性型 | 発症時に急激に悪化し徐々に改善 | 脳卒中 | 改善可能性が高い |
| 慢性型 | 徐々に・緩やかに低下。気づきにくい | 嚥下関連筋群のサルコペニア・老化 | 本人・家族の自覚が少ない。早期発見が特に重要 |
嚥下に関わる筋群も、全身の筋肉と同様に使わないと衰えます。手や足の筋力低下は目に見えてわかりやすいですが、嚥下筋の低下は発見が遅れがちです。日頃からのチェックと訓練が欠かせません。
今日から現場で実践できる具体的アプローチ
11現場で使えるチェックポイントABC — 訪問時のアセスメントに活用しよう
既往歴に脳卒中・パーキンソン病などがあるご利用者様を訪問したとき、以下の5点を必ず確認する習慣をつけましょう。
| チェック項目 | 確認ポイント | なぜ重要か |
|---|---|---|
| A 麻痺 | 顔面・舌・軟口蓋に麻痺はないか | 直接嚥下障害や構音障害の原因になる |
| B 声 | 構音障害や嗄声はないか | ゴロゴロ・湿性嗄声は誤嚥のサイン |
| C 嚥下障害の有無 | 軟らかい食事を食べていないか / むせ・ガラガラ・ゴロゴロはないか | 食形態の変化は嚥下機能低下の証拠 |
| D 口の中 | 口腔乾燥・残渣・歯の状態 | 口腔環境が悪いと細菌が肺に入るリスクが高まる |
| E 食事場面 | 食事中の姿勢・食べ方・時間・疲労感 | 食事環境が誤嚥リスクに直結する |
12実践的な嚥下訓練メニュー — いつでもどこでもできる訓練集
嚥下訓練は大きく「間接訓練」と「直接訓練」に分けられます。以下の訓練は主に間接訓練として、毎日の訪問ケアに取り入れることができます。
| 訓練名 | 方法 | 回数・時間 | 効果 |
|---|---|---|---|
| 開口保持 | できるだけ大きくお口を開けたまま10秒間キープ | 10秒×5回 | 咀嚼筋・舌骨上筋群の強化 |
| ベロ出し保持 | 舌をできるだけ前に突き出して10秒キープ | 10秒×5回 | 舌筋の筋力強化 |
| ベロ出しごっくん | 舌を唇で挟んだまま、唾液を飲み込む | 5回セット | 喉の奥の筋群のレジスタンストレーニング |
| 嚥下おでこ体操 | 手のひら付け根をおでこに当て、おへそを覗き込むように顎を引く。手とおでこで押し合いながらキープ | 5秒×5回 | 舌骨上筋群の強化。誤嚥予防に特に有効 |
| 顎持ち上げ体操 | 【パターン1】親指を顎の下に当て、おへそを覗き込むように顎を引く 【パターン2】肘を机についた状態で顎を下に押し当て力を入れる | 5秒×5回 | 舌骨上筋群の抵抗運動。サルコペニア性嚥下障害に効果的 |
| 唾液腺マッサージ | 耳下腺・顎下腺・舌下腺の3箇所を手のひらで包むようにゆっくり揺らす | 各10回 | 唾液分泌促進。口腔乾燥の改善 |
| ゴムボール顎引き抵抗運動 | ゴムボールを顎の下で挟み、ボールに向かって力いっぱい顎を引き続ける | 30秒×3回、10回×3セット | 嚥下関連筋群のレジスタンストレーニング |
| ピロピロ笛・吹き戻し | 腹式呼吸で笛を吹き伸ばし、5〜10秒キープ | 10回×2セット | 呼吸筋訓練・咳嗽力の強化 |
唾液は副交感神経が優位な「リラックス状態」のときに分泌されます。まずは声かけで体をほぐしてから、手のひら全体で「こする」のではなく「揺らすように」行いましょう。
水分は十分に摂れているか確認 → 口腔ケアは適切に実施されているか確認 → それでも乾燥が続く場合に唾液腺マッサージを実施。乾燥の根本原因を見落とさないことが重要です。
13サルコペニア性嚥下障害への対策3本柱
嚥下関連筋群のサルコペニアに対しては、リハビリだけでは不十分です。以下の3つの軸を組み合わせて対応することが重要です。
「筋力が低下しているから訓練をしよう」という発想だけでは効果が出ません。筋肉を作るためのタンパク質がなければリハビリの効果は半減します。また、口腔内が不潔な状態で食事をすると、口腔細菌が肺に入って全身状態が悪化します。
PART 4 — 本講義の重要ポイント
参加者コメント
運営スタッフより — 今後の期待と御礼
本日は「廃用症候群の嚥下障害」をテーマに、皆様と深く学ぶ機会をいただきありがとうございました。
高齢化が進むなか、「飲み込む力を守ること」はご利用者様のQOLを守ることに直結しています。皆様おひとりおひとりの丁寧なケアが、そのまま誤嚥性肺炎の予防につながっていることを、どうかいつも心に留めていただければ幸いです。
次回は「誤嚥性肺炎」をテーマにさらに深掘りしてまいります。チェックポイントABCや嚥下訓練を現場で実践しながら、また一緒に学びを深めていきましょう。
学びの振り返り・チェック練習・目標再確認シート
| チェック項目 | できる | 要練習 |
|---|---|---|
| 指輪っかテストをご利用者様に説明しながら実施できる | □ | □ |
| 片足立ちテストを安全に実施できる | □ | □ |
| 5回椅子立ちテストを実施・判定できる | □ | □ |
| オーラルフレイルの5項目をスクリーニングできる | □ | □ |
| チェックポイントABCを訪問時に確認できる | □ | □ |
| 開口保持をご利用者様と一緒に正しく実施できる | □ | □ |
| ベロ出し体操を声かけしながら実施できる | □ | □ |
| 嚥下おでこ体操を正しく実施・指導できる | □ | □ |
| 唾液腺マッサージをリラックスさせながら実施できる | □ | □ |
| サルコペニア性嚥下障害の対策3本柱を説明できる | □ | □ |
学びを現場の力に。今日の気づきを、明日のケアへ
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